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日記

2011年1月 2日 (日)

2011年の展望

皆様、新年明けましておめでとうございます。
Ich wünsche Ihnen ein glückliches neues Jahr!
새해복 많이 받으세요. 
A happy new year!
Bonne année!
新年快乐!

「明けまして……」といいつつもう2日になってしまったが、昨日は記事をアップしていないので、このブログとしては新年初記事となる。

さて、去年は個人的には激動の1年を送ったわけであるので、できれば今年は平穏な1年を過ごしたい。といっても部屋の中にいても、外出すれば必ずということでも、別に何か事件に巻き込まれるというわけではない。とにかく人をいつまでも幼子扱いする連中から脱出することに成功したわけであるから、次は仕事を探さねばならないわけである。

その求職活動に関しては今時両手で抱えるほどのスキルやキャリアを持っていても就職に困る世の中である。30代という10年間を失った私としては新しいスキルを自らの手で作らなければならないわけであり、その困難さは一応承知しているつもりである。

現時点では言語に関するスキルを伸ばそうとしているわけであるのだが、私の飽きっぽい性格故に勉強しても身につくところまではたどり着かない。せっかくTIME for Kidsを年間予約で購読しても、1号たりとも最後まで読み切っていない。読み切るには何か強制力が必要なのだろうか。

このことはほかの言語を学ぶことにも当てはまり、中国語・韓国語・ロシア語・ドイツ語・フランス語、そして英語を勉強しようとしても決して長続きしない。どの言語も一応最低限の学習工具は保有しているわけだが、そこにやる気がついてこない。私は日本国内から一歩も出たことがないので、何らかの言語を身につけなければ生きていくことができない、ということは一切ないので、その分真剣味に欠けているのは確かであろう。何か一言語に限定すればまだうまくいく可能性は高まるのだろうが、私の飽きっぽさからするとそれは非常に難しい。

ではどうしたらよいかといっても答えがあるわけではない。とりあえず去年までのように興味が続いている間に少しずつ勉強して、飽きたら別の言語に切り替えるという方式をとるしかないのであろうか。しかしそのようなカタツムリ式の勉強法では、英語などで書かれた原書を読めるような英語力を身につけるのに何十年もかかってしまい、私の余命からいうとジ・エンドである。とりあえず言語の学習はできる範囲で続けるしかない、としかいいようがない。

変わって大学の聴講生になりたい話であるが、この近辺だと東京外語大八王子市(八王子学園都市大学:通称いちょう塾)がそういう制度を実施している。ただ、昨秋は(お金の問題もあるが)あまりにも早く申込期間が過ぎてしまい、気付いた時にはどちらも締め切りを迎えていた。今度は春学期なので、新しい講座が始まるであろうから、申込開始日と締め切りと受講料に気をつけて、何らかの科目を履修したいものである。言語系の科目も履修できるのであるが、今回は国際関係論のような一般講座を受講したいと考えている。言語講座の受講は、東京外語大の「オープンアカデミー」で開催される講座のうち、府中で開講される講座(中には東京・本郷で開催される科目もあり、そんなところまで行けるか!というところである)の中から選んで受講したいものである。ただしこれだけ受講を考えていると、お金が持つのだろうか、という心配がある。そのあたりは先着順で受講する講座を決めるしかないであろう。

それで仕事の話であるが、復帰したいのはやまやまだが、現状ではドクターストップがかかっており、そのドクターストップが解除されるのはいつか、また解除されたとして40男に仕事があるのか、不安な点は多い。とりあえず復帰する時の仕事はこういうことがしたい、ということは考えているが、そこは年々市場が縮小している商売であり、また自分の能力を証明できる資格がないので、いくつも回って一つ採用されれば運がいいと考えるべきなのかと思う。

まぁリーマン・ショック後の日本で将来に不安を感じていない大人の日本人はいないだろうが、自力で前に進まねば狗頭の町での生活も続かなくなるので、とにかく療養を急ぐことが大事である。

2010年12月31日 (金)

今年を振り返って

あまり年末年始にこだわるのは好きではないが、暇といえば暇なので今年のブログ生活を振り返りたい。

今年の初めに「狗頭」の町に引っ越してきたわけで、当然そんなにグレードの高いアパートではないのでLAN回線が部屋に引いてあるということはなく、こちらへ来た当初はインターネットと接続できない生活が続いた。それでインターネットにつなぐために二つの策を講じた。一つは公衆無線LANに接続できるように、そういうサービスをしている会社にヨドバシカメラ経由で申し込んだ。もう一つは狗頭の町にはケーブルテレビ網が張り巡らされているので、そこと契約を交わして自室でインターネットに接続できるようにした。

その結果、年の初頭は図書館やマクドナルドで無線LANに接続する日々が続き、その間はブログの更新は全くできなかった。正直図書館の開館時間や、マクドナルドにいちばん安いメニューで粘れそうな時間を考えると、他人のブログを閲覧したり、生活上必要なウェブサイトを見たりするくらいしか時間がないのである。それに私のブログ執筆はつまらない記事でも割と参考資料を見て書く方なので、そういうものがないマクドナルドでは執筆環境が悪すぎ、では図書館はというと、開館時間に参考資料の置き場所に問題があってやはり更新できなかった。

自室にケーブルテレビ会社の回線が引かれたのは三月であるが、その時点では自分の部屋に机すらない状況で、せっかく回線が引かれたのにいまだインターネットに接続できない状況は変わりはなかった。

これが変わるのが四月末に机が到着してからである。とはいえ、膨大な資料を放棄せざるを得なくなってこの町に移り住んだわけで、まずは書籍の蓄積を始めなければならない、という状況であった。もちろんネット上に新聞記事が転がっているものを閲覧し、ウェブサイトやブログを眺めているだけでも時間つぶしにはなる(というか私の場合、時間はつぶすものではなく、いかに有効に活用するか、ということの方が圧倒的に高いのであるが)。

それから去年のホテル住まいの間に作った大量のブログをどういうテーマに割り振るかという問題もあって、春夏はあまりブログ執筆ははかどらなかった。そこで各ブログばらばらにしておくのではなく、十以上のブログのトップページというべきウェブサイトをこしらえるということを思いついたのは八月である。ただ私はHTML言語があまり得手ではなく、置きたい画像が置きたい場所と違うところに配置されるというのはしょっちゅうであり、誰にも質問できない状況で何とかでっち上げることが成功した(成功したといっても十年前の大学で学生が作ったウェブサイトとほぼ同レベルではあるが)。

見栄えの良さを別にすれば、このホームページの作成で自らの多数のブログにアクセスすることが簡単になった。ホームページには作成日が八月二五日と書かれており、それ以降はそれではブログが毎日書けるようになったかというと、そういうことではなかった。もちろん執筆ペースが上がったのは事実だが、何というか躁鬱のようにまじめに書いたブログがあれば、一カ月くらい放置しているブログもあったりで、そこは熱しにくく冷めやすい私の性格がよく表れている。

それでも九月から十一月までは全ブログという見方からすれば、一応毎日更新ができていたような気がする。今月に入っても途中までは可能な限り更新していたのであるが、ちょっとした事件が起こって、鬱っぽくなってからは記事をアップすることがほとんどなくなってしまった。本当は反省すべき点なのだが、まだ鬱状態からの寛解が済んでいなかったように思える。

多分来年も気分の上下でブログを大量に更新したり、一カ月ぐらい全く更新できなかったりという感じで進んでいくのではないかという気がする。

来年も弊ブログをよろしくお願いします。

2010年9月12日 (日)

ED

Antidepressiondrugs 確かに年齢的にそういう年なのかもしれないが、私の場合はそれとは全く関係がない。まさか勃たなくなる(というか感じなくなる)とはなぁ……。でも思い当たる節は思いっきりあるんだよな。一カ月近く前から抗うつ薬をまじめに飲むようになって、すぐにでもないけど、徐々に効いてきたのがわかってきた。

とはいっても、数年前にも抗うつ薬を飲んでいたのだが、その時と比べると本当に少量で(今の主治医が薬はなるべく少なく、という方針の医者だからなのだが)、それにもかかわらず本当に勃たなくなるのだから抗うつ薬はきつい。

以前飲んでいた時は一日十錠くらいだったのが、今は一錠(あくまでも例えとして挙げた量です)といった感じなのに、ED的には同じ効果を発揮するのだから怖いよな。

一部の外国で強姦魔に化学的処置を施す、という刑罰があるそうだけど、間違いなくこういう薬を処方して飲ませている、ということだろうな。

2010年3月31日 (水)

生まれて初めてデモを見た

今日銀行に行くために渋谷に行った。最初は新宿にするかJR相模原にするかで迷っていたのだが、高幡不動の駅に出てからは後者の選択肢は失われていた。当然高幡不動から新宿は京王線で一本だからそのまま新宿に行けばいいのだが、明大前に近づいてから「しばらく渋谷に行っていないな」と思い、井の頭線に乗り換えて渋谷に出た。

実は私のメインバンクの渋谷支店はマークシティで再営業してから初めて行った。多分マークシティにあるはず、と探したのだが、マークシティの入り口にはその銀行の表示は全くない。20世紀ならここであきらめるところだったが、今は21世紀、携帯電話のIモードで「○○○銀行渋谷支店」を検索したところ、同じ建物ではあるが、店舗ではなくオフィスとして入店していることが分かった。

この銀行、新宿でもそうなのだが、一般の窓口が無く、出入口も午後3時で閉めるのだが、平日の午後6時までと土曜日の午後5時までは、入り口のドアフォンを鳴らして出入口を開けてもらって入店するのである。まぁ銀行での用事は済ませ、久しぶりの渋谷を散歩してパルコのあたりで公園通りに出たのだが、不意にやかましい音と拡声器で増幅された声が聞こえてきた。

目の前は警官の集団が目立っており、デモ隊は横断幕こそはっきり読み取れたが、参加者の姿は警官に隠れてほとんど見ることができない。それにデモというのはもっと大人数で行われるものと思い込んでいたので、30秒くらいで目の前を通り過ぎていったというのは驚いてしまった。とはいっても普段のデモで(普段デモを見ないからブログの記事にしているのだが)万の単位で参加者がいたら東京ではなくソウルではないか。

なるほどデモというのはよほど大きなデモでもなければ一瞬にして通り過ぎるものだから東京に長く住んでいてもデモを見たことがなかったのか、ということに気づいた。あと、一応東京では名のある大学を出ている「はず」なのになぜデモを見たことがないのかといえば、私の出身校は東京有数の保守的な大学で、学内に立て看板のたぐいは一切無く、そのかわり某協会が勢力を持っていた(今でも持っているのかなぁ)から、学生運動のようなものとは一切かかわりがなかったのである。最も個人的にはノンポリどころかその正反対に位置しているつもりであったが……

まぁ霞ヶ関とか永田町とか麻布十番とかに頻繁に訪れるような人間ならば、もう少し以前からデモというものを見たことがあったのかもしれない。それに私が学生の頃はバブル絶頂期、いくら政治に関心があってもデモというものははやらなかった時代なのも確かである。

ちなみにデモのテーマは、「宮下公園のネーミングライツ導入に反対する」ということであったが、疑問が二つ。一つは公園内に住むホームレスの生存権の問題だが、そもそもホームレスが野宿することを積極的に認めることが不思議である。確かにいちげんのホームレスに「屋根の下で寝起きしたいですか」と尋ねても、人間不信の故に肯定的な答えはするはずがないが、本来人は屋根の下で生まれ育ったものなので、時間を掛けて誘導すればほとんどのホームレスは自分の部屋に住みたいものなので、もし公園のホームレスを一掃したいのであれば一定の猶予とコスト上許される限りのケアを施した上で施設(できれば四畳半程度でもいいから個室が望ましい)に移動させればよいのではないか。今ひとつは公園のネーミングライツを購入するスポーツウェア会社が、公園のネーミングライツというものによく価値を見いだしたものである。まぁ天下の渋谷区であるから、旧渋谷公会堂のようにいくらでも買い手がつくのかもしれないが。

2008年7月 1日 (火)

観光でない旅行のお話(3)

前回はついに原稿用紙10枚分を超えてしまいました。そんなに冗長になるほどの内容ではないのですが、このブログで初めて原稿用紙10枚分打ってしまいました。今日は「東福寺の変」にまつわる話を書くことになるので、もっと長くなる可能性もありまして、ご観客には申し訳ないのですが、どうか最後までおつきあいください。

今日は学会2日目です。比重としてはそちらをメインにするべきですが、ここでは原則として学会の内容については書かないことにしているので、まずは学会に関するサイドストーリーから記すことにします。

学会2日目は朝の9時半から始まることになっており、阪急大宮駅からだと、1時間くらい掛かることになるので、8時半には遅くともホテルを出なければいけないのにもかかわらず、起床が8時過ぎになってしまい、しかもホテル東横インは朝食として、おにぎりとみそ汁を提供するサービスがあり、その朝食をゆっくり取っていたため、ホテルを出たのが9時過ぎになり、どうがんばっても10時過ぎにならないと目的の大学には到着できなくなり、この日は学会のスケジュールでは研究発表とシンポジウムになっており、研究発表の1限には、この学会で親しくさせていただいている先生の研究発表があったにもかかわらず、それを聞き損ねてしまいました。なお、国際会館の駅から大学を通るバスは1時間に3本しかなく、バスを待っていたら本当に1限をまるまる聞き損ねてしまうと危ぶんだ私は、仕方なくタクシーで大学入口まで行くことにしました。結局ここでも余計な散在をすることになりました。

さて、学会会場ではこの大学における学生新聞の編集部に所属する子たちが研究発表会場に陣取っていました。男一人女一人の2名体制でした。研究発表の合間に話を聞くと、女の子の方が先輩のようで、カメラで撮影しつつ記事も書いていた模様です。この女の子には後の空き時間に学籍番号を聞くことに成功しました。なぜ学籍番号なのかというと、結論から先に言えばメル通希望なのですが、少しガードが堅くて、パソコンのメアドもケータイのメアドも教えてくれなかったのですが、私にはこの大学の学生とメル通していた時期があり、学籍番号を知れば、@以降のアドレスは知ることができる立場にあったので、これでメル通ができると、当時はほくそ笑んでいました。残念ながら、こちらからはそれでメールを送ったのですが、1ヶ月以上たった今日も未だ返事は帰ってこずの状態です。きちんと「コンピュータールームに行くように」と念を押しておくべきでした。

昼食は仕出し弁当。なぜかというと、京都で最もへき地にあるこの大学には周囲に食事できるところがなく、大学食堂も日曜日ということで休日でしたので、この学会の大会に出席を申し込む際に仕出し弁当を予約するか否かをあらかじめ申し込んでおくことになっていたからです。メニューは何の工夫もない幕の内弁当で、当然冷めていたのでおいしいということもなく、ただ栄養補給に食していたのが実情です。

それで大会も終わり、以前から親しくしていただいている地政学者(の卵)の著書にサインをいただいて、なぜか学会スタッフからバスの半額割引券をいただき、会場を後にして、なじみの外国語学部棟に立ち寄りました。初めて来たのに「なじみの」とはどういうわけかというと、8~10年前にここの学生とメル通していたのは、一人を除いてみんな外国語学部生だったのでした。そして日曜日にもかかわらず休憩所が開いていたので、そこでひと休みして当時を懐かしみつつジュースを飲みました。帰りすがらこの大学っぽい写真を撮ってみましたので、ご覧ください。Country Saggitarius

(写真左、大学敷地から遠景住宅地を眺める。

写真右、この大学の象徴である射手座を掘ったモチーフ)

そして大学下のバスターミナルから国際会館の駅に向かって、そこから京都市営地下鉄竹田の駅まで行く途中の京都駅でその地政学者たちとも別れて、これからが私の「旅」の本番が始まります。そう、8年前の「東福寺の変」に心の決着を着ける旅です。

ここでそもそも「東福寺の変」について説明が必要でしょう。これは2000年11月23日に、以前からのメル友である(ちなみに前日とこの日、学会の大会を開催した大学の学生であった)Sさんとオフで会えることになり、時期が時期なので紅葉狩りをしようかなと企画して、それなら名所である京都洛南の東福寺に行こうという計画を立てて行ったのはよかったのですが、8年前は紅葉の時期がいつもより早く、いつもならば赤と黄色に染まっているはずの裏山の木がほとんど枯れていたことをメインに、大阪でいろいろなへまをやって、結局その子に嫌われてしまった事件を指していう表現です。

それなら何をしようかというと、彼女が当時住んでいたらしい学園前駅(近鉄奈良線)に行って、そこからバスに乗り、町並みを見渡すという計画でした。

まずは竹田の駅で近鉄に乗り換えて、大和西大寺の駅を目指すことにしました。そこに行かないと、近鉄奈良線の難波方面の駅には行けないので、とにかくそれを優先する必要がありました。竹田の駅で急行電車を待っていると、黄色い車体の特急電車が現れた。最初はいつもの量産型かなと思って近づくのを見ていたら、近づいてみたら伊勢志摩ライナーであった。これを見て、竹田まで来ないで京都で近鉄に乗り換えていたら。この特急に乗れただろうにと後悔しましたが(この辺が鉄ちゃんっぽい)、情報がなかった以上は仕方がない。次に来た急行はいつもの近鉄奈良行きではなく、天理行きであった。天理といえば「東福寺の変」当日、近鉄奈良駅前を通る高速バスが軒並み満席でしたので、仕方なく天理経由御所行きの高速バスに乗って天理で降り、そこから近鉄京阪奈方面の「トレーダー分岐点」である大和西大寺に出て彼女と落ち合うことにしていた、因縁の駅です(そうすると大和西大寺もそうか)。まぁ大和西大寺に行くにはどちらでも一緒ですので、天理行きに乗り、高の原を過ぎると、左手に平城高校(後で詳しく説明します)を見て、あることないこと考えて、高の原の次が大和西大寺でしたので、そこで降りました。もっともこの駅は慣れないと何番線に行けばどこ方向に行けるのかがわからない、観光客泣かせの駅なのです。私もその例に漏れず迷い、多分一本は損しているはずでした。Saidaiji1

(写真、大和西大寺駅風景)

とりあえず気を取り直して、次に来た各駅停車(準急か区間準急だったかもしれませんが)に乗って、目的の学園前駅にたどり着きました。Gakuenmae

(写真、学園前駅構内風景)




予定の行動では、ひと休みを取った後、ここから学研奈良登美ヶ丘駅までのバスに乗って、近鉄けいはんな線→生駒→近鉄奈良線→近鉄奈良駅に行こうとしていましたが、すでに時間は夕方の6時半、この日は曇っていましたので、余計に暗く感じました。そこでバス旅行はあきらめて、学園前駅のカフェでひと休みしようと考え、北口周辺で探しましたが、適当な店はなく、例の帝塚山学園のある南口に出てみました。こちらは町としては北口周辺ほど繁栄はしていませんでしたが、うまい具合にスタバがありました。多分、ここの学生・生徒目当てに出店したのでしょう。そこで30分くらい休憩を取り
(その前に南口バスターミナルから近鉄奈良行きの路線バスがあることを知り、もしスルッとKANSAIが使えれば、それに乗って行こうと思いましたところ、奈良交通のバスはスルッとKANSAIを使えないということがわかりました)、7時少し過ぎに再度改札の中に入りました。にドトールがあるのを見ていたので、そこで休憩し直しを図りましたが、同店舗は日曜日は7時で閉店ということで、また甘い考えに水を差され、おとなしく近鉄奈良に行くことにしました。ところで近鉄奈良に行くに当たって、学園前の駅で急行電車を待っていたわけですが、これがかの有名な(もちろん鉄ちゃんの間に限りますが)L/Cカーに乗ることができました。車内写真を撮っておきましたので、ご覧ください。最も現在では関東地方でも東武東上線で東上ライナーとして使用される車両がこのL/Cカーと同じいす配列をしており、まぁ近鉄では特にL/Cカーに乗るに当たって特別料金を取らないことが東上ライナーと違うことでしょうかね。Lccar1 Lccar2

(写真右左、L/Cカー内部風景)



なお、当時の記録に残しておいた近鉄学園前駅前の様子は以下の通りでした。
「北口は駅前から一本道が伸びているという印象をGoogle Mapで勝手に抱いていたが、一本道は線路の南北を貫いて走っていて、北口を出たときの第一印象は、バスターミナルがあって、そこをひっきりなしにバスが出入りしていたものであった。もう一つの先入観は一本道の左右に銀行がずらりと並んでいるといったものであったが、駅前にバスターミナルが広がっている関係で、出口を軸に扇状に銀行の支店やショッピングセンターが広がっていた。帝塚山学園への興味から南口にも行ってみたら、確かに学園が正面に広がってたが、そこにも北口よりは小さめだがバスターミナルがあり、一部のバスは近鉄奈良駅まで走らせている。そして北口のようなショッピングセンターとまではいえないものの、スタバや本屋があり、時間をつぶすことができた。」

まぁ彼女の実家が北口か南口かわからないので、どちらのイメージを残しておけばいいのかわかりません。しかし、まぁとにかく近鉄学園前駅前の南北に行けたということで、満足にではありません(バスで町並みを見損ねたために)が、心の中で納得して決着を着けることができたと思います。

なぜ奈良に行くのに時間をつぶす必要があったかというと、帰りの夜行バスが近鉄奈良駅前午後10時55分であることと、奈良に来たもう一つの目的を果たすためにあまり早く奈良に行くとタイムスケジュールが崩れる危惧があったのです。奈良での別の目的とは、私がほぼ毎日見ているテレビ番組“saku saku”のMCである中村優ゆかりの場所を見ることでした。実は先ほど高の原駅のすぐ先で紹介した高校は彼女の卒業校なのでした。だから原案では高の原駅で降りて少しぶらぶらしようか、という計画もあったのですが、時間の関係でオミットしたわけです。

その近鉄奈良駅そばの中村優ゆかりの場所とは、彼女が高校生時代に半年ほど働いていたレストラン「ザ・サブライム」です。そこは10時閉店、オーダーストップ9時で、先ほど高速バスの時間を説明したようになるべくならで時間をつぶさねばならない私としましてはだいたいオーダーストップ30分前に入店して、いろいろ注文して、なるべく10時直前に店を出たかったわけです。それが8時少し過ぎにはもういるところがなくなって、仕方なくこの店に入ったわけです。どうもメニューを見ると、パスタとピッツァとハンバーグしか食べるものは置いていなくて、飲み物もアルコール系がメインのようでして、本当に高校生が働いていた店なのかと感じました。しかし、入店早々入口から見えるところに先ほどのテレビ番組のポスターと、彼女のデビュー作品である花園の高校ラグビーのポスターがはってあり、間違いなくここが例の店だと感じさせました。

先ほどのようなメニューでしたので、本場イタリアではどちらもファーストプレートであるパスタとピッツァをファーストプレートとメインディッシュに例えて注文しました。で、オーダーストップ間際にオレンジジュースを注文し、それで時間をつぶそうと企てました。7割方は成功しましたが、閉店間際までは店にいることができませんでした。念のために店の看板を撮影しましたが、TV番組内で連呼されていた「サプライム」ではなく、サブライムと書かれていることが写真をクリックして拡大してみるとわかります。Sublime

(写真、ザ・サブライムの証拠写真)




さらに時間つぶしのためにマクド(私は関東在住ですから普通はマックと言いますが)に入り、それでも10分くらいしか持たなかったので、あきらめて夜間高速バスの待合所に行ってバス待ちをすることにしました。

22時55分、念願の横浜行きが来ました。バスに乗って席に着くと、いつもの聞き慣れたバスの案内テープの声が聞こえてきました。紛れもなく地元バス会社のものです。ここで奈良にいながらすでに座敷牢に戻った気がしました。

ところでバスの中では行きの2列シートではなく、独立型のシートで、乗り心地も快適であるにもかかわらず、なぜか全く寝付くことができませんでした。仕方なく、ケータイの地図ソフトで今走っている場所を調べてみたりもしましたが、電源が足りなくて、伊勢湾岸自動車道の長島サービスエリアまでしかトレースすることができませんでした。最もずっと起きていたので、故郷・清水を通過した瞬間は確かにとらえることができました。その前もその後も退屈しのぎに車内を歩き回っていました。独立型のシートじゃないとこういうまねはできない。で、朝になり、東名高速も神奈川県内に入ると、そろそろ最初の停車駅の本厚木駅に着きます。ここで降りるとほかのバス停で降りるより安いので、結構ここで降りる人はいます。私もそうすればよかったかもしれません。それからいくつかの停車駅を過ぎて、私の座敷牢がある町のバスターミナルに到着し、この旅行は無事に終わりました。

結論づけると、いろいろな人と出会い、いろいろな場所に行き、いろいろな考え方に接し、いろいろな本を買ったわけでして、それはそれで楽しかったです。しかし途中でさまざまな時間つぶし策をろうしておきながら、なぜか時間が足りなかった印象が濃厚な3日間でした。特に今日の記事で記した旅の2日目は高の原駅と学園前駅に行き、その上で道頓堀の「くいだおれの店」(今月上旬に閉店するということで)に寄りたかったという非常にぜいたくなプランを練っていたわけですが、学会が終わるのが午後の4時という、学会会場が京都市街の外れであることを考えると、絶望的なプランであったことは認めざるを得ませんでした。しかし、8年間くすぶっていた「東福寺の変」の心的もやもやが解消できただけでもよかったのではないでしょうか。

2008年6月 3日 (火)

観光でない旅行の話(2)

さて、先日の予告通り、私の関西旅行の話を始めます。先日投稿した文章はあまりに冗長で読みづらいと感じる方が多かったのではないでしょうか。別に昭和冗長体を受け継ごうかとかそういう意図ではありませんが、過去の文章にあるように、何とか原稿用紙10枚の記事を書けないかと志向していたわけです。実際には原稿用紙6枚程度に収まったわけですが、それでも久しぶりの執筆というわけで、文章にしまりがなかったのは否めません。

それでは本題に入ります。旅の始まりは16日金曜日の夜でした。もっともその前に旅行の準備というものがありまして、持っていく荷物をビジネスバッグ(私は常に短期の旅行にはビジネスバッグを用いています)に詰め込む作業が必要なわけで、持っていく荷物は決まっているものですから、朝から始めればいいものを、何事にも期限直前まで動こうとしない私の性分と、手配したバスのチケットを駅前に出て旅行代理店に取りに行くための時間を割かなければならなかった必要で、出発2時間前にようやく荷物をまとめ始めました。必要な荷物をまとめてバッグに入れるだけならば大して時間が掛けりません。しかし、いろいろとチンタラして作業をした結果、新宿駅西口の高速バスターミナルに21時に到着するためには、私の最寄り駅を20時10分に発車する急行電車に乗らなければいけなく、そのためには最寄りのバス停を19時44分に通るバスに乗らなければならないにもかかわらず、作業終了想定時間はそれを過ぎてしまうことが明らかになり、仕方がないのでタクシーを呼び、駅に向かうことに決めました。急行電車に乗れなければ、別料金を払って特急電車に乗ることも覚悟していましたところ、タクシーはすぐに来てくれて、乗って10分程度で駅に着きました。そのための1600円(路線バスなら230円)は痛かったものの、背に腹は代えられないというのが現実なのと、どうせ新宿から乗る夜行高速バスは安価な(といっても最近雨後の竹の子のごとく乱立している観光バスでツアーという形で売っているものよりは高いのですが)タイプなので、その分ましだろうと心を切り替えました。

急行電車で新宿に向かい、電車から高速バスに乗り換える間にこまごまとした買い物を済ませ、時間が近づいたところでバスターミナルに行き、数分して予定のバスが来ました。私は荷物を肌身から離して荷物室に預けるというのが嫌なたちなので、重くてかさばる荷物でしたがそのまま持って乗り込みました。数分して隣の席に座る人が現れまして、その風姿が頭は丸刈りで鼻にピアスをつけていた、このバスが大阪行きであることを考えると、もしかしてその筋の人ではないかと思われるタイプの人でした。こういう方を刺激すると何が起こるかわからないと不安になり、心配になりました。時間が過ぎてバスは発車、一路大阪へ向かいます。

バスのルートは首都高速4号線→中央自動車道→名神高速道路→阪神高速と通り、大阪市内のバス停3カ所(東梅田・なんば・あべの橋)に向かいます。名神高速道路は集中工事のため、バスの大阪到着時刻に大幅な遅れが出ることも予想され、バスの乗務員もそのようにアナウンスしました。最初の2時間はバスの窓はカーテンが閉められているものの、明かりは照らされており、普通の人は寝ることもままなりません。そしてバスの中ではできることがほとんどないので、照明がついている間は持参した本を読むことにしました。

そうして2時間が経過し、休憩停車の中央自動車道双葉サービスエリアに到着しました。私は起きている間は常に水分が必要な体質なので、ペットボトルの飲み物を数本購入しておきました。

休憩停車が終わって中央道に戻るとバスの中は消灯されます。もちろん読書灯という客が点灯消灯可能な弱い明かりはありますが、先にも触れたとおり、相席の客が○○○風の人でしたので、読書灯をつけて本を読むなどというバクチはする勇気もありません。それにそれなりに睡魔が襲ってきましたので、席に用意されている毛布を自らの体に掛けて寝ることにしました。zzz......

といって、起きてみたら大阪だったというのなら苦労はないのですが、時計の針を見てみるとそれよりかなり前に起きてしまったみたいで、二度寝も考えましたが、4時半ではそれも難しいと判断し、仕方なく起きて無為に座っていることにしました。

ところで懸念されていた名神高速道路の集中工事による遅れですが、実際にはその影響は全くなく、6時過ぎには阪神高速に入りました。最初の停車場所である東梅田には、時刻表では6時49分着と書いてありますが、6時半前には到着してしまいました。私の当初目的のなんばOCAT(実際にはJR難波駅と同一場所)の到着予定時刻は7時4分の予定でしたが、これも20分くらい早着で、6時45分に到着しました。

まぁ早着なら問題ないということで、なんばOCATを地上階から出て、なんばの場末で吉野家とか松屋のようなご飯食系の24時間営業をしている店を探しました。実はこれは4年前にやはり観光目的でない旅行で大阪に来たときに同じバスに乗って同じなんばで降りてから地下街で朝食を探したものの、店がほとんど開いておらず、仕方なく1件だけ開いていた喫茶店で朝食を食すことになった反省です。そうすると最初に目に映ったのは「横浜すき家」でした。理由はないのですが、なんだかこの店はあまり好きではなく、関東だったらまず入らなかったでしょう(といいますか、首都圏では先に吉野家とか松屋の方が先に見つかっていたと思います)。しかし、最初に見つかった関東ではよく見かける店ということでここで朝食を食べることとし、入りました。15分で朝食を終えて、それからなんばの地下街に入り、近鉄難波駅を探すことにしました。まぁ○○難波駅というのはそれぞれ離れていて、全く土地勘がなければ難儀していたのでしょうが、この旅行の前にネット地図でなんば一帯を見ておいたので、何となくわかって問題なく近鉄難波駅に到着しました。

あんた京都行くゆうたのに、何で近鉄の駅なんか探すねん、とのツッコミが入りそうですが、当初目的に掲げてあった学会参加は大目的とはいえ、開始が京都で一番山の中にある大学に13時半ということで(ほなら京都行きなはれ、と言われそうですが)、7時半前になんばにいて京都に直行するのも難ですから、空き時間で近鉄奈良駅前一帯を小観光しようということで、近鉄奈良線の始発駅・近鉄難波駅に行ったわけです。ところで自動券売機で切符を買おうとして気づいたのが近鉄の運賃の高さ!難波→奈良間は首都圏に直すと小田急線・新宿→相模大野間、東武東上線・池袋→川越間に相当するのですが、首都圏の前者が360円、後者でも450円。これに対して近鉄の方は540円!ちなみに今調べたところ、JR難波→奈良間も(距離が10キロ以上長いにもかかわらず)同じ540円……。しかし奈良というところは(関西ジモティには常識なのでしょうが)いろいろないきさつがあって、繁華街も観光地も近鉄奈良駅が便利なようにできている町なので、選択の余地もなく近鉄に乗ることにしました。

で、近鉄電車に乗りましたところ、近鉄難波→鶴橋間で徐々に乗客が乗ってきて、鶴橋で満席になり、見てみると別に大阪だからということは全然ありませんでしょうが、私の反対側のロングシートに座っている7人(内訳:女子中学生らしい女の子6人・私とほぼ同じ年格好のサラリーマン1人)が全員メガネを掛けていたのです。思わず持参しているデジカメで撮ってしまおうかと思ったのですが、プライバシーうんぬんの問題と普通のカメラで横幅7人を一斉に写真に納めるのは無理だと思ってあきらめました。そして、その女子中学生たちは学園前駅で降りて行ってしまいました。「そういえば、私立の学校(すべてではない)にとっては土曜日は休日ではないのだな」と納得し(学園前というからには学校があり、この学園前駅には帝塚山学園があります)、後はがら空きになった電車に乗って近鉄奈良に向かいました。

Shikaotoko 奈良に来て見たいと思ったのは、TVドラマ『鹿男あをによし』に出てきそうなシカの群れで、彼ら(彼女ら?)に鹿せんべいを振る舞うことも忘れてはなりません。猿沢池を通り過ぎて坂道を上ると奈良公園の敷地の中です。少し奥の方に行ってみるとシカが三々五々いました。脇には売店があって、鹿せんべいを売っていたので1セット買いました。すると寄ってくるわ寄ってくるわシカたちが。早速鹿せんべいを連中に食わせてやりました。それでもって最後の1枚はドラマの中に出てきた「鹿せんべい、そんなにうまいか」を実践すべく試食してみました。やはり人間が食べるものではないので、基本的に味付けがされていませんでした。玉木宏は本当にあの鹿せんべいを食べたのでしょうか。ロケ用に人間が食べるせんべいを混ぜておいて、それを食べたのではないのか、という疑問が浮かんできました。まぁ1枚くらいなら我慢して食えないこともないのですが……。Stag0006

Stag0005

Hind

奈良公園でシカと戯れていると中途半端に時間がたち、より時間があれば東大寺の大仏殿を見に行ったりとか、国立博物館を観覧するということもできました。しかし、京都の学会に遅刻せずに行くには、10時56分の近鉄奈良発京都市営地下鉄烏丸線直通急行国際会館行きに乗らなければならないというのが、私が座敷牢のインターネットと『駅すぱあと』で調べた結果でしたので、それらの奈良らしい観光施設に後ろ髪を引かれつつ、近鉄奈良駅に戻りました。近鉄の運賃が高いことに業を煮やして、今度は「スルッとKANSAI」の3000円分を買って、2日間の交通費に充てることにしました。「スルッとKANSAI」を自動改札に通して、地下のホームに降りると、見慣れた近鉄の小豆色とアイボリーのツートンカラーの車両ではなく、京都市営地下鉄のステンレスに緑色の車両が止まっていました。それに乗り、時間通りに出発すると、竹田までの40分間は急行運転していたので、スイスイと進んでいたのが、地下鉄に入ると各駅停車になるので、残りの約30分間はのろのろと京都市を南から北へ縦断していました。それでも定刻通りに国際会館駅に到着し、地下駅から地上のバスターミナルに登ると、小さいバスターミナルなのですが、初めての場所なので幾分まごつきました。それで12時18分発の、学会が開催される大学を通るバスに乗ることができ、30分過ぎに順調に到着しました。なお、私が乗ったバスは「京都バス」というベタな名前の路線バスですが、このバスは京都市の北の方、大原の里などに行くときに使うバスで、ここのバスは先ほど買っておいた「スルッとKANSAI」で乗ることができます。多分、京都市バスなどでも使えるのではないかと推測されますが、このときの関西行きでは路線バスは京都バス以外には乗っていませんので、あくまでも推測の域を出ません。

さて、目的の大学に着いたのはいいのですが、この大学は文理8学部18学科の総合大学でありながら、東京でも京都でもよくあるタイプの1・2年と3・4年でキャンパスを別にすることなく、全学部全学科全年次同一キャンパスで済ませるという、非常に珍しいところで、とにかくキャンパスが広いこと広いこと……。おまけに学会会場がその敷地の中でバスターミナルから一番遠いところに設定されているので、歩け歩け大会になってしまい、結構会場にたどり着くまでは時間が掛けりました。それでも歩くこと10分で会場に到着し、さらにその建物の最上階まで登ったところで講演や研究発表が行われるということで、受け付けもそちらとなっており、まぁ建物の中はエレベーターを使えるので問題はなかったのですが、前日の19時50分に座敷牢を仮釈放されてから17時間ほどしてようやく目的地に到着したわけです。

その学会が何の学問の学会なのか、そこで何が行われたのかはこのブログではメインテーマではありませんので、深く掘り下げることはしません。ただ、元静岡県立大学教授で今は京都大学に収まっている中西輝政教授と、民主党の元代表であった前原誠司氏の両氏による講演が土曜日のメインメニューでした。Profnakanishi

(写真:京都大学大学院教授・中西輝政氏)

その講演の後、学会会員による懇親会が行われ、皆様話が弾んで、あちこちで名刺の交換をしていたようですが、私はどこの誰にどのような話を持ちかけて名刺を交換すればいいのか不安だった(のと、名刺の残り枚数が少なかった)ので、前日見た“saku saku”の週末占いでは「積極的に動くべし」と出ていたにもかかわらず、少し引っ込み思案になっていた感じでした。

Dusk

(写真:会場となった大学から。懇親会終えて日が暮れて……)

土曜日の日程が終了し、会場から宿泊先のビジネスホテルまで行くのですが、いい場所のホテルが取れず、地下鉄烏丸線四条駅で阪急電車に乗り換えて一駅の阪急大宮駅(太秦や嵐山に行く京福電車の乗換駅があるところです)まで行ってようやく投宿することができました。はっきり言ってしまうとそのビジネスホテルは「東横イン」という、数年前に身障者用施設をおざなりにして世論の非難を浴び、静岡駅そばに建設予定であった同ホテルの建設予定がキャンセルされたという、いわく付きのホテルです。さすがにあのときにマスコミなどから叩かれたものだから、今は身障者用の準備も準備万端ですよとアピールしているのが印象的でした。このホテルの売りは(もっとも今ではビジネスホテルクラスでもチェーン店なら常識ですが)パソコン用LAN回線が自由に使えることで、私もパソコンを持ち込んでホテルでネットサーフィンをしようと画策したのですが、懇親会で食べ過ぎて眠くなったようですので、パソコンは重さ約3キロの重りとしてしかこの関西行きでは役目を果たさなかったことになります。そして12時前くらいにシャワーも浴びずに寝てしまいました。

明日は学会大会の2日目がメインですが、大会終了後はいよいよ8年前の「東福寺の変」に決着をつけたのか、どのようにしたのかがこのブログではメインテーマとなるでしょう。

2008年5月19日 (月)

観光でない旅行のお話(1)

ここしばらく、ブログにアップしてこなかったのは、ひたすら私の怠惰の故です。正確には一度継続という習慣を失ったブログ記事の更新には非常に大きな力を必要とし、今まで数度に亘って試みたものの、「非常に大きな力」ではなかったが故に、「継続という習慣」化することに失敗しました。果たして今回はその「非常に大きな力」を発揮できるのでしょうか。

もとより、あまりアクセスされるブログでもありません(しかし、全く更新していないブログを、1日に数人がアクセスしていることは不思議でして、そのような読者の方々をちゃかすようで申し訳ありませんが、更新されないという偉大なるマンネリを楽しんでいらっしゃるのではないかと愚考してしまいます)から、アップがあろうがなかろうが関係ないようなものですが、一応公共空間に私的意見を一度でもさらした以上、継続する義務はあるでしょう。

というわけで、久しぶりにブログを再開します。パソコンの前に座るとパソコンで何か作業をするわけでもないのに、両足に根っこが生えたかのように動くことをいとう私が、この土日に何と4年ぶりに関西に行ってしまいました。というのは私が所属している学会(だからといって、私は大学院で教育を受けた正規の学者ではありません。この学会は今のところ、日本学術振興会所属の正規の学会ではありませんので、単なる「学士様」でも加入できるのです)の大会が6年目にして初めて開催地を東京から離れて、京都で開催されることになり、それに参加するためですが、心に秘めた目的は8年前の11月23日に起こした、自称「東福寺の変」の心の整理をつけること、フジテレビ系列で今年1月から3月まで放送されたドラマ『鹿男あをによし』で一躍クローズアップされた奈良公園のシカを見に行き、ドラマをごらんになった方ならばご存じの落書き「鹿せんべい、そんなにうまいか」でおなじみの鹿せんべいをシカにやりつつ自分も1枚食すること、以前遠隔講義でお世話になった帝塚山学園(ただし経済学部のある東生駒ではなく、学園本部のある近鉄・学園前の方)を拝見することと、私がちょうど3年前から見ている音楽情報(バラエティー)番組のテレビ神奈川などで放送されている『saku saku』MC中村優のゆかりある場所を訪れることであまりに盛りだくさんとなり、本当に完遂できるのかどうかわからないものです(タイトルには「観光でない」旅行のお話、とあるのに、実は観光旅行のつもりだったようだな、これじゃ)。

まずは旅の準備です。学会の大会が京都で開催されることは2月にすでにアナウンスされており、あれこれと東京⇔京都の交通手段を考えていましたが、考えるだけで実行しようとしない私の悪癖がここでも発揮されてしまい、気がつくと学会を開催する週の月曜日になってしまいました。ここで地元のJTBに向かい、高速バスの手配をお願いしようとしましたが、行った時間が悪く、JR系列以外のバス会社は午後6時で予約・発券を終了するということで、当初予定していた新宿→なんばの安価な高速バスを予約できませんでした。仕方なくJR高速バスで東京駅→梅田間の安価な高速バスに切り替えようとしたのですが、名神高速道路の集中工事とやらで、今の時期は運休とのこと。そこでJR夜間高速バスの東京駅・新宿→梅田の座席を探させましたが、時すでに遅く、どの便もすべて満席でした。そこでしょうがないので、JR東海ツアーズが企画・発売している「ぷらっとこだまエコノミープラン」新横浜→京都の朝1の便を頼んでみましたが、これも機を失してしまい、満席とのことでした。結局月曜日はチケットをとれずにむなしく座敷牢に収容されることになりました。それならということで、火曜日の朝のうちに自分で高速バスの予約センターに電話を掛けて、席を確保しようとしました。往路の新宿→なんばはかろうじて手配できましたが、復路のなんば→新宿の確保に失敗、新たなルートを探さなければならなくなりました。結局選んだのは近鉄奈良→地元のバスセンターを通る、値の張る高速バスと決めました。これは十分席が空いており、難なく確保に成功。これで金曜日の21時10分新宿西口~今日の朝5時55分地元のバスセンターまでの全プランを立てることができました。そのキップは金曜日にギリギリ発券してもらい、事なきを得ました。なお、土曜日の夜に投宿するホテルに関しては4月中に確保しており、こちらの方は(場所に多少の問題がありましたが)難なく確保。いよいよ旅の始まりです。

旅の前に当たって、金曜日の朝、『saku saku』を見ていたところ、金曜日恒例の週末星占いランキングのコーナーが出たのですが、私の誕生日が属する牡牛座は何と第1位!そしてコメントには「積極的に動こう」といった意味のことが書かれていました。私は本来、星占いなどは全く信じないたちなのですが、ここの星占いで最下位の時に会津喜多方経由山形県置賜地方ドライブ旅行を強行したところ、最後の難関である会津盆地と置賜地方を結ぶ国道121号線大峠付近で交通事故(まぁ自損事故ではありましたが)を起こしてしまい、車は自走不可能な状態になって、山形に投宿するはずが喜多方で足止めを食ってしまいました。目的地の置賜地方には、次の日の朝1番の電車&新幹線で行って、帰りは米沢から山形新幹線で帰京しました。もちろん帰宅後は両親の前で土下座でした。そのほかにもいろいろとエピソードがあるのですが、血液型占いなどを全く信じない(というか、私は自分の血液型を知らないし、世界的に見て、血液型占いが世の中に流布しているのは日本と韓国だけという話をどこかで読んだことがあります)私がこれだけは真剣に信じて熱心に見ているのです。果たして今回の関西旅行は星占い通りにいくのでしょうか?続きは明日(本当に更新するだろうか?)のお楽しみ。

2005年12月15日 (木)

eラーニング講義に参加することになった

 明日の午前10時半ごろからインターネットによる遠隔授業のゲスト役として出演することになりました。奈良県の帝塚山大学というごく平凡な関西圏近郊の私立大学が中心になって作ったTIES-NETという遠隔授業システムで、すでに首都圏を含む全国の30余りの大学がこのシステムに加盟しており、その学生たちは自由に配信されている講義を視聴することができるようになっています。また、制限はありますが、一般の方でもIDとパスワードを登録すれば、やはり配信されている講義を見ることができます。
 私が参加するのは、中嶋航一教授のeラーニング経済学という講義で、テーマはニートに関してです。ニートだった私が(今でも失業者であることに変わりはありませんが)―最も講義では現役のニートとして―学生たちにその姿を見せて、反面教師役を演じてもらおうという趣旨で、考えようによっては恥さらしなのですが、まぁ将来のある学生たちのためと腹をくくって反面教師役を演じようと決めたわけです。最も、もしかしたら未来における大学での講義の一形態になるかもしれないeラーニングシステムというのがどういうものなのか興味がある、ということもありましたが。

 実は11月10日に当ブログの記事「秋葉原に行ってきた」の中で、

>ある組織に呼ばれて、秋葉原で人に会うことになった。

ということを書きましたが、その組織というのがこの帝塚山大学のTIES-NETを運営しているTIES教材開発室で、そこの方が東京に出張してくるということで、まぁ私という人間を顔見せすることになったわけです。それとその日は遠隔授業の参加に不可欠なウェブカメラ&マイクロホンのセットを頂いたわけです(11月11日ブログ記事「鮫洲に行ってきた&新宿昨日今日」参照)。

 その準備を今日の夕方6時から中嶋教授とTIESサポートデスク、および私の三者で行ったわけです。三者といっても今日は主に中嶋教授と私との間で明日の講義の準備に関する打ち合わせをメインに行いました。前二回のゲストによるライブ講義ではゲストがパワーポイントで丁寧な資料を作成して、事前に中嶋教授に送っていたこともあって、教授サイドでは私の話しそうな内容の資料をパワーポイントかワードで作成して送るように(実は今日以前もメールで結構粘り強く要求されていたのですが)改めて要求されました。自分の頭の中にあることをまとめるのは非常に苦手なわけですが、先人のライブ講義ではパワーポイントで自分の経営している会社のことなどをまとめて、資料として学生たちに参考資料として提示していたので、私も仕方なく資料をまとめよう。
 とはいうものの、パワーポイントは練習したことはあるのですが、自分で使いこなせるまでには至っていませんので、やむなくワードで作ることにします。しかし本当に頭の中にあることを明文化することは苦手なので、たぶん明日の朝までかかることになるでしょう。とすると、徹夜でライブ講義に参加することになるのでしょうか。

2005年11月11日 (金)

鮫洲に行ってきた&新宿昨日今日

 今日は所用で鮫洲の運転免許試験場に行ってきました。別に新しい免許を取りに行くわけではないのですが、理由は秘密です。府中の運転免許試験場には行ったことがあったのですが、私の居住地からだと府中も鮫洲(品川区・京急線沿線)も同じくらい不便なのですが、去年2月までの6年弱を川崎市川崎区・川崎大師駅近くに暮らしていましたので、京急沿線に土地勘ができまして、悪戦苦闘して府中の試験場に行くより、横浜線(→京浜東北線)→京急線と行くのが、半ば当然のように感じられるようになりました。
 久しぶりの京急線乗車でぶっ飛んだことが一つ。横浜からはまず快速特急に乗るのですが、京急線といえば、新型車両は赤白ツートンカラーと決まっているのに、私の乗った車両は抜けるような青い色!「これ本当に京急電車?」と言いたくなるような電車に乗ったのですが、車両の中に入ればほかの電車と一緒、京急快速特急自慢のロマンスシートに座り込んで、一路鮫洲へ。
 でも本当はそういうふうにいきたいところですが、鮫洲は普通電車しか止まりませんので、京急川崎で普通電車に乗り換えます。横浜→京急川崎がノンストップで8分なのに、京急川崎→鮫洲間は普通電車で15分以上もかかります。京急線は一駅の駅間が短いので、普通電車は動いては止まりを繰り返し、さらに途中の平和島で快速特急に追い越され、横浜→京急川崎間はあわただしく感じたのに、京急川崎→鮫洲間は車内で持参の本を読めるくらいゆっくりとした雰囲気でした。
 持ち込んだ本はニート論で有名になった玄田有史・東大助教授の書いた最新作『働く過剰・大人のための若者読本(NTT出版)』。旧作『仕事の中の曖昧な不安(中央公論新社)』の議論を最新データとともにさらに深め、それに加えてニートについての氏の研究成果やニートを解決しようと試みるNPO団体の紹介など、相変わらず同世代と若い世代の苦悩を世間に啓発しようという氏の努力が見えてくる好著です。参考文献もしっかりしているので、ニートについて論じたいと思う方には必読の本です。
 さて鮫洲で警察の講習を受け、午後1時過ぎには鮫洲での用事を終えた私は、昨日製本してもらいたいコピーの山を預けた西新宿に向かいました。

 昨日の記事には新宿に行ったことは全く書きませんでしたが、実は秋葉原での面会を終えて、ヨドバシカメラAkibaから出て行った後は、西新宿の私設私書箱に郵便物の山を取りに行き(まるまる1ヶ月行っていなかったので、大量にたまっていて閉口させられた)、FedEx Kinko's に製本を頼みに行きました。そこで注文がたまっていて1日かかると言われた私は、金曜日なら医者もやっているはずだから、医者行ったついでに取りに行こうと思って、1日かかってもいいですということで製本の注文をしました。その後、水が飲みたくなって、医者に行ったときのかかりつけの薬局に水を飲ませてもらうために行って、あした(今日のことですが)は必ず薬を取りに来ますから、という話をしたら、私の通っている医者は何でも長期休暇だそうで、あしたもあさっても(つまり今日もあしたも、ということ)休みですと言われ、がくぜんとしました。本来は鮫洲での用事を終えてから医者に行こうかと思っていたのが崩れてしまったわけですから。まぁでもそれを事前に知ったので、薬剤師さんにお礼を言い、水を飲ませてもらい、薬局を出て地下鉄丸ノ内線に乗って、新宿三丁目で降りて本屋に向かいました。今新宿三丁目には紀伊国屋書店本店とジュンク堂書店新宿店という二軒の大型書店が軒を構えていますが、昨日は後者へ足を運びました。語学の本と雑誌、それから先ほど紹介した『働く過剰』を買って、一万円以上も散財してしまいました。大金の出費に恐れをなして、買った後はすぐに帰宅しました。大荷物だった(ウェブカメラセットと本の二つの袋にかばんを抱え込んでいた)ので、必ず座れる各駅停車で帰りましたが、席に座ろうとすると両隣の人が露骨に嫌そうな態度を示したのには参りました。

 さて、西新宿のフェデックスキンコーズに、予定より早い時間に取りに行くと連絡して、新宿へ向かい、昼食で時間をつぶしてから店に行って製本された物を取り、きれいに仕上がっていると内心喜んで、いつもならここから再び本屋に行くのでしょうが、昨日一万円以上も買ってしまい、財布が寒くなっていたので、今日はあきらめてまっすぐ帰路につきました。

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