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高校野球

2011年8月 6日 (土)

選手権がいつの間にか始まっていた

私の部屋(квартираとロシア語で書くとピッタリする、のはアパート住まいだから)では新聞を取っていないので、時事的な話題には多少遅れて知ることが多い。夏の甲子園もいつ組み合わせ抽選会をやるのか気にしていたうちに3日に行われていた。

我が日大三高の3回戦までの組み合わせは、下記の通りである。
① 5日目(8月10日) 0800プレイボール 対日本文理高等学校戦
② 9日目(8月14日) 1300プレイボール
③ 11日目(8月16日) 1530プレイボール
この後は再度抽選を行って、組み合わせを決める。

今年は1回戦からの立ち上がりである。まぁ西東京地区予選のような試合をすれば割とあっさり勝ち抜ける、と思ったのであるが、実は1回戦の相手である日本文理高等学校は一昨年の選手権で決勝までコマを進め、もう一歩で新潟県に初の深紅の旗をはためかすところまで行った強豪校であった。ただしここで勝てば2回戦・3回戦の相手になりそうな高校はもう少し楽に戦える相手のように見える。

そうすると問題は再抽選の後の準々決勝以降である。ここはどうなるか全くわからないので、三高が勝ち進んだ場合、3試合とも強豪校が当たる(最も準々決勝まで勝ち進んだのだから実績があろうとなかろうと強豪校には違いないが)可能性が高まってくる。できれば九州国際大学付属高校と再戦して、春の雪辱を果たしたいと思うのは皆同じであると思う。どのみち我が部屋には現状テレビがないので、ネット媒体で経過を知るのみである。

どうか三高ナインには9年(10年?)ぶりの深紅の旗を目指して欲しい。

2011年8月 4日 (木)

遅くなりましたが日大三高甲子園出場へ

久しぶりの更新である。アクセス解析を読むと、「黒田龍之助」が圧倒的で、日大三高(もしくは日大三高野球部)というのはたまにある程度なのだが、それでも甲子園の時期が来て、それを記事にすると、結構なアクセスが日大三高をキーワードにして私のblogに集まってくる。それを無視するわけにもいかないので、久しぶりの上に時期外れな(7月中に決定していたため)三高ageの記事をポストする。

決勝戦で早実と当たるのは、私も記憶になく、記録でしかさかのぼれない、東西東京が地区として分離されていない時期だと看板対戦だったのかもしれないが、日大三高が西東京の外れに移転してからは、時々早実が世間を騒がせたものの、それ以外の時期にはどちらも甲子園とは縁遠くなってしまったような気がする。

日大三高野球部が強くなったのは(それ以前にも数回は甲子園に出場してはいるものの)、現監督の小倉監督が日大三高野球部の監督に就任してからである。それとほぼ同時期に早実が国分寺市に移転してきたが、移転しいてすぐのころはまだ野球部の強化はされていなかったので、日大三高の天下で、夏の甲子園初制覇もやってのけたのがこの時期である。

早実の野球部が甲子園に出場して、全国的に話題になったのはやはりハンカチ王子こと斎藤佑樹の出現であろう。あの時期に早実が強くなって、かつての日大三高と早実の覇権争いがよみがえったと見るオールドファンもいるのではないか。

こんなつまらない文章をぐだぐだ書き連ねているのは、西東京地区予選決勝戦の試合のことを書きたかったからである。日大三高は持ち前の強力打線を軸に予選を勝ち進め、時には危ない試合もあった(まさか都立日野高戦でもつれるとは思わなかった)が、世間的には順調に決勝まで来たと見てもよいであろう。

実は私は金欠で、神宮球場にも行っていないし、テレビも見ていないという怠けっぷりでこの記事を書き連ねている。それでもネットの速報やTwitterのtweetで逐次試合が報告されるので、それほど何も知らずに書いているわけではない(と信じたい)。

結果は皆さんご存じの通りであるが、まさか2-1というロースコアで日大三高が勝つとはおもわなんだのである。ロースコアで勝つなら早実、と言い切っていたわけでもないが、やはり日大三高の勝ちパターンは打撃で大量得点を稼ぐ感じなので、少し違和感を覚えている。もちろん三高エースの吉永はこういう投手戦にも戦える投手だとは思うが、今まで打撃戦に慣れてきたので、一般的な投手の責任範囲である3失点以内の点は失うものと覚悟していただけに、9回投げて1失点というのは褒めるしかない。

次は甲子園における対戦相手の決定である。日大三高の持ち前はやはり打撃なので、できれば相手方も打撃戦に強いチームと対戦することを願いたい。

2011年4月 1日 (金)

日大三高、兵庫の「公立の星」を粉砕

昨日の選抜高校野球大会準々決勝戦、我が日大三高と公立高校で唯一ベスト8に勝ち残った関西地区代表・兵庫県の加古川北高との試合は序盤から日大三高が持ち前の打線が爆発し、13対2の大差で勝利した。

実はこの試合も試合を通して見ていたわけではなく、昼間のシエスタを終えて起床してからMBSテレビのストリーミング放送を見始めたので、7回の表・加古川北高の攻撃からしか見ていなかった。その時点で既に11対0と日大三高が圧倒的な点差をつけて、しかもエース吉永が加古川北打線を零封していたので、勝利を確信した。残る興味は加古川北高を完封できるかどうかにかかっていた。ちなみにシエスタしていたのは、単に眠かったからというのもあるが、下手に試合を全部見ようとして、日大三高が負けるのではないかという恐れがあったので、それを恐れて途中から見るか、試合が終わってから結果を知るかしたかったというのもある。

余談であるが、私はプロサッカーJリーグ清水エスパルスの後援会員であるが、エスパルスは「全国中継」の試合にはとことん弱く、私がテレビでエスパルスの試合を見ると大抵負けるというジンクスがある。日大三高の試合を全部見ようとしないのはそこに由来しているわけだが、別に日大三高は「私が見たら負ける」ほどジンクスに弱いわけではないので、そんなに気をつける必要はないのかもしれない(ただ、中学・高校在学中は「神宮球場」の試合に弱いというジンクスがあった。全敗ではないが―現に1985年の夏の予選では勝利し、夏の甲子園に出場している―、1勝3敗で圧倒的に分が悪かった)。この「私が見たら負ける」ジンクスに支配されている以上、どうしても思い切って全部見るのをためらう性格が顔をのぞかせてしまうのである。

閑話休題。7回は両者無得点で、日大三高は8回頭から吉永を温存するためにリリーフ投手の中野というサイドスローの投手をマウンドに送り込んだ。8回は無難に押さえたが、9回に一波乱を起こし、加古川北高に2点を与え、完封リレーはならなかった。最も日大三高も8回裏に駄目押しの2得点を取っているので、この2点が大勢に影響を及ぼすことはなかった(しかし私が見た3イニングスは2対2の同点か。やはりフルにテレビ視聴するのをためらわせてしまうなぁ)。

なお、明後日の準決勝は九州代表・福岡県の九州国際大学付属高校が相手である。評判では長打力に優れている打撃のチームだそうで、長打こそないがやはり打撃のチームである日大三高とは打撃戦になるのではないかという話がネット界わいでは出ている。

とはいえ、去年の忘れ物を取り返すのにはあと二つである。どうか三高ナインの頑張りに期待したいところである。

2011年3月31日 (木)

日大三高、選抜で快進撃

我が日大三高野球部の件に関してこのブログで書くのは、6年前の夏の甲子園以来である。とはいえ、去年11月23日付のこのブログの記事で、選抜出場確定と書いたので、このブログの愛読者(いるのか?)なら既に承知していると思われる。

本来ならば1回戦の対明徳義塾高戦、2回戦の対静清高戦についてリアルタイムで書きたかったのであるが、拙宅には現在テレビがないので(ただし、MBSテレビのストリーミング放送は受信できる―それを知ったのは火曜日の静清高戦の途中であったが―)、それができなかったのと、実はこの前の地震の影響でTwitterにはまってしまい、ブログの更新をすっかり忘れていたという事情(この「狗頭羊肉」ブログのみならず、ほかのブログも軒並み更新していない)で、それを怠っていたのである。

特に対明徳義塾高戦に関しては、6年前の夏の甲子園で本来対戦するはずであったのが、相手方の不祥事発覚で急きょ出場辞退となってしまったときからの因縁の対決であったので、今度こそはがっぷり四つに組んでの戦いを期待していたところである。最もそれは明徳義塾高の馬淵監督が甲子園の緒戦において無敗であったということを知らなかったが故の空元気であったのも否めないところであるが。

1回戦の対明徳義塾高戦は確か毎日新聞のウェブサイトで5回裏までのリアルタイム速報を見ており、当時のスコアが1-2で明徳義塾高リードだったので、「やはり緒戦不敗の馬渕監督の采配が強いから勝てないのかな」と悲観していたところで、その日はクリニックに行く日であったので自宅を離れた。昼食を済ませてクリニックの待ち合わせに入ると、いつもは日テレを映しているテレビがこの日はNHKを映していた。最もそれは甲子園よりは福島第1原発のニュースが見たいからであったような気がするが。時間的に既に試合を終えていたので、診察を待つ途中に試合結果が流れ、6-5という小差で日大三高の勝利を報じたときはパブリックスペースであるにもかかわらず手をたたいた後でガッツポーズをしてしまった。

次に当たる静清高は、現在の所在地こそ静岡県藤枝市にあるが、「静清」というのは本来「静岡市と清水市」という意味の略語で、例えば国道1号線静清バイパスにその名が残っており、学校創設時には実際に静岡市にあった。つい最近までは「静清工業高校」の名前で知られており、実は清水出身の私でさえこの高校の名前から「工業」が抜けていたのを知ったのは1月末の選抜出場決定のときであった。そういういきさつから、多少複雑な思いで静清高ー日大三高戦を見ることになった。

その2回戦の対静清高戦では5回裏か6回裏にMBSのサイトでストリーミング放送を流していることが判明し、そちらを眺めていた。そのときのスコアが2-1だったので、「どっちも頑張れ」というよりは何となく複雑な気持ちで見ていた。8回に追加点が入ったときはほっとしたのが現実であった。それで9回もランナーを出しながら0点に抑え、最終スコア3-1で日大三高が静清高を下して準々決勝進出を果たした。さすがに派手な喜びのポーズは出なかったが、ほっとしたのも事実である。まぁサッカーの高校選手権で東京都代表対静岡県代表の試合を見ていた場合、東京代表に帝京高校が出てくる可能性が高いからかもしれないが、そうでなくても100%静岡県代表を応援しているので(たとえ清水のライバル藤枝の高校であっても)、せめて野球はという感じではある。

今日の準々決勝戦、対加古川北高戦は第2試合、午後1時半プレイボールである。何か地元兵庫の高校ならいくつか有名な高校があるのに、私にとって初見の高校が出てくるのが不思議である。とはいえ加古川北高は21世紀枠での出場でもないし、ベスト8に残る高校ということは強豪であることは間違いないので、「勝って兜の緒を締めよ」の気持ちで当たってもらいたい。気になるのは、緒戦と第2回戦は後攻であったが、今日の試合は先攻である。こういう試合では大事なところで逆転されるようなミスを犯さないようにして欲しいものである。

2010年11月23日 (火)

日大三高、明治神宮野球大会を制す

久しぶりの母校の野球部に関する話題である(その間にも何度か甲子園に出場しているのであるが)。

http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20101119ddlk13050191000c.html
http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/p-bb-tp3-20101119-703849.html

この、明治神宮野球大会という、地味ながら重要な大会で我が日大三高が初優勝を収めた。しかもその決勝の相手が鹿児島実業高であった。我が校の強さをたたえるのは置いておいて、ここではどこかで既視感を抱いた話を少し書いてみたい。

当然神宮球場というのは、陸上・サッカー・ラグビーで使用される国立競技場のすぐそばにある。私は日大三高OBであることに誇りを持っているが、それと同じくらい静岡県清水市出身であることにプライドを持っている(運動神経ゼロなので、三高にとっても清水市にとっても邪魔かもしれないが)。今を去ること16年、高校サッカー選手権静岡県代表は我が本籍地から徒歩3分の清水商業高校で、その時は準決勝の相手が鹿児島実業高であった(私の脳内では決勝の相手と勘違いしていたが、Wikipediaで記憶の補正をした所、準決勝であったことを確認した)。

今年の野球の鹿児島実業高にはずばぬけた選手はいないようだったが、常に「超高校級」と形容される日大三高相手に1-4というスコアで9回を戦い抜いた鹿児島実業高の実力も侮れないと私は見た。

16年前のサッカーの鹿児島実業高には城彰二というずばぬけた選手がいたが、我らが清水商業高校(こちらもレギュラーの過半数がJリーガーになったという、とんでもないチームだったが)にあと一歩及ばず敗退していった。

私が感じた既視感というのは、日大三高と清水商業高校の共通の敵(ただしその試合限りの)として鹿児島実業高が立ちはだかったことなのである。

最も、本物の日大三高(野球部)と清水商業高校&清水東高(サッカー部)の「共通の敵」と言えば、やはり帝京高校を置いていない。三高ともなぜか帝京高校に勝てないのである。理由など理解できない(ただ、前者出身のプロ野球選手&Jリーガーは多数いるが、帝京高出身のプロ野球選手&Jリーガーというのはあまり聞かない。帝京高の、その場限りの勝利至上主義が、後のキャリアまで考えて選手を育成している日大三高・清水商業高・清水東高に対して、高校レベルでは優勢なのか、という仮説を愚考している)。

帝京高校野球部に関しては、今は懐かしのテレビ番組である『夕焼けニャンニャン』で、秋の高校都大会で日大三高対帝京高校戦があった前日の番組で、とんねるずの石橋貴明が全国放送で日大三高をバカにした発言が流され、(そこで発奮して欲しかったのだが)その通りに我が校が敗れたという屈辱のシーンまで存在する。去年の秋の都大会にしても決勝戦で帝京高に敗れ、我が校の小倉監督は「来年の夏に向けて練習しよう」とあきらめていた所に高野連から春の選抜大会出場決定の連絡が届いた。驚きながら甲子園に行ってみると、決勝戦で九州代表の興南高に破れはしたものの、準優勝という、残念ではあるが素晴らしい成績を収めて戻ってきた(え~と、帝京高は緒戦敗退だったっけ?)。

サッカーに関しては、まぁ木梨さんはキャラ的にそういうことを言わない人だから、番組内で屈辱のシーンというのはなかったが、インターハイや選手権での対戦成績を調べてみれば清水商業高&清水東高がいかに帝京に弱かったかを実感できると思う。

話を戻すと、鹿児島実業高が「共通の敵」といっても、その場限りのものであることを願うものである。というか、勝者のそばからみればそのような発言になるのは当然のことであるが、かごんまの方がこのブログを読んでいらっしゃったら、日大三高と清水商業高を同時に敵扱いされるかもしれませんが、野球の日大三高はともかく(早実が西東京地区に移転してきたのには驚いた)、サッカーの清水商業高はもはや選手権に出てくる力はないので(静岡にはユースチームが乱立しているのだよね)、どうかお手柔らかにお願いします。

2005年8月18日 (木)

日大三高敗れる&山口県宇部市

 残念な話ですが、甲子園での今日の第2試合、我が母校日大三高は宇部商業高の前に3対5で敗れました。我が方の最初の1点は緒戦(対高知高戦)でもホームランを放った江原。今日は打線の組み替えで今までのトップから7番に下げられましたが、その屈辱を晴らすべく一発。
 さらに強打の日大三高健在で、1回と6回にミスで1点ずつを失ったものの、8回には2死満塁の場面から8番桒田(くわた)の2点タイムリーで一時は3対2と逆転しました。ところが9回に大越がつかまり、無死1・2塁でライトオーバーの3塁打を打たれ、再逆転され、その後も失点を重ねて大越降板。三高サイドはその裏に2死から1・2塁のチャンスを作って、本塁打でサヨナラのシーンを演出するものの、いくら打者が4番とはいえ、さすがにそんな都合のいいことは高校野球では起きないもので(清原級の大物だったらわからないけど)、結局我が校はベスト8で甲子園を去ることになりました。
 しかし宇部商高のエース好永投手もそうですが、日大三高の実質主戦の大越も(時々いい球と悪い球がはっきりする癖は出たものの)決め球のスライダーがよく決まり、8回までは好投を続けていました。そこまではイニング数を超える三振を奪っているピッチングをしていただけに、8回に逆転してからあとの9回表に突如乱れたのが不可解です。多分それまでビハインドの立場で投げていたときの緊張の糸がリードを奪ったことで切れてしまったのではないでしょうか。一方の好永投手も8回に逆転を許したり、再逆転したあとの9回に一打同点のピンチを(二死ながら)招いたというのはメンタルな面が大きかったのでしょう。
 やはり日大三高の問題は、最初の2失点が守備のミスによるものというのが痛かったです。一方の宇部商高には目立った守備のミスはありませんでしたから(2・3回内野安打を許した場面はありましたが、それはミスのうちに入らないでしょう)。やはり高校野球はミスをした方が負けるというのが常道なんでしょうか。その2失点がなければ終盤まで1対0で推移していたわけですから。そして8回9回の逆転再逆転劇もまた違った形になっていたことになりますので。
 何といいますか、今日の試合は1点差なら逆転できますが、2点差になったらゲームエンド、ということでしたのでしょうか。まぁ遠く600キロ離れた地でテレビを見ていた立場では何とでもいえるのでしょうが、甲子園にいた両校ナイン、そしてアルプススタンドに陣取っていた両校応援団にとってはこんな小差の試合ならばあきらめないで戦えると最後まで信じていたことでしょう。
 宇部商高の玉国監督のコメントの中にその一端がうかがえます。(9回表の再逆転劇に)「びっくりしました」(8回裏に逆転されたあとのナインへのアドバイスとして)「まだ9回があるからあきらめるな」(1対0ないし2対1というわずかな差で投げてきた好永投手への激励として)「好永投手には辛抱強く投げろと指示」
 そして、宇部商高久しぶりの快進撃については「20年ぶりのベスト4にはうれしい」と素直に対応していました。
 対して日大三高小倉監督のコメントには「9回(表、宇部商高の攻撃)の場面(無死1・2塁の場面で)、送ってくるかと思ったら強攻された。(選手に)何も策を指示してやれなかった私の責任かな」とのことでした。さすがに歴戦の監督は選手のミスを怒ったり悔しがったりするようなコメントはプレスの前ではしないものですね。

 話は変わりまして、私の過去の旅行話から宇部を取り上げます。
 山口県宇部市には平成5年の夏に旅行で行きました。もう12年も前の話ですね。当時の寓居があった清水市(現・静岡市清水区)から青春18きっぷを使って、夜行列車から普通列車を乗り継いで、明石より西は初めてとなる山陽本線に乗って17時間くらいかかりましたかなぁ、宇部新川の駅にたどり着くまでは。山陽本線にも宇部という駅はありますが、町の中心部は宇部線の宇部新川で、宿も宇部新川の駅そばに投宿しました。田舎町では夜の7時8時というのはもう深夜で(それは言い過ぎか)、まともに食事を出してくれる店はみんな閉まっていました。でも山口県内ナンバー2の地方都市ですから、中心部より街道筋に行けば、名物料理というのはなくても、日本人なら常識として知っているファミレスやファストフードの店が夜遅くまで開いていたのでしょうかと、今にして考えてみると残念です。
 次の日は午前午後とも市内観光で、午前は常盤公園へ行き、市の炭坑の歴史を眺めたり、カッタくんという、当時局地的にはやっていた宇部のイメージキャラのモデルになったアヒルだかペリカンだかに追っかけられたりしながら公園の午前のひとときを満喫していました。午後は、これ書くと私ストーカー扱いされかねないので嫌なのですが、勇気を出して書きますと、当時私がファンだった西村知美のふるさとのある藤曲地区へ行って、その辺をぶらぶらと歩いて、西村知美が幼少時代にどんなところで暮らしていたのかを見てきました。彼女の母校である藤山小、藤山中も見てきました(もうどんなだったか忘れましたが)。そうやって他人には何だろうと思われるような一日を過ごして、夕方に次の目的地、福岡へ旅立っていきました。
 今から考えると、もう少し宇部のことを前もって調べて、レンタカーでも借りていろいろな所(たとえば港)を見に行ってみるべきでしたね。
 今無所属の私としてはもう一度宇部に行って、藤曲地区あたりをそぞろ歩きしてみたいものですね。最も今となっては西村知美のことなどあまり気にしていないし(昔ファンだったということだけで)、下手に芸能人のふるさとなどをうろついていると白黒ツートンカラーのサイレンの付いた車がやってきて、私を連行しないとも限らない。でも、藤曲地区の適当に住宅地で適当に田舎という風景は結構気に入りましたので、どうにかならないものかな、と適当に考えている私でした。

2005年8月16日 (火)

ブログ復活&強打の日大三高健在!

 今まで半月ほどブログを休ませていただきました。原因は他人の私信を勝手にブログに掲載したことでした。しかしその件で恩知らず呼ばわりされたのには精神的に参って、ブログの執筆を一時的に休ませてもらうことにしました。
 少し前にそのメールの主から「絶交する気はない」とのメールをいただき、これはブログを再開するきっかけにしなければいけないだろうと思い、今日のブログ再開に至ったわけです。
 本来ですと、わざわざ【謹告】まで出してブログを休刊したわけですから、もっと長く休むべきなのかもしれません。しかし、そのメールの主が「他人のメールを勝手に引用したりしなければ、ブログを書くことは勝手にしなさい」と言ってきたので、ふつうに毎日(いや、私の場合は中3日くらいかな)ブログを書く分には問題がないと判断して、ここに再開を決定した次第です。
 休刊中にも書きたいことはあったのですが、なにせその人の誤解(いや、理解というべきか)が解けないことにはブログを書くのもはばかられると思いまして半月の休みをもらっていたわけですが、その間に私の母校である日大三高が甲子園で快進撃を続けていまして、これはブログネタになりますな、と思いつつ2試合を観戦していたわけです。いや、実はそのほかに、桐光学園高(ここは我が日大三高が所在する東京都町田市に隣接する川崎市麻生区に学校があります)対近江高校(4年前に日大三高が日本一になった時の決勝戦の相手高)の試合と、勝った方が3回戦の相手になる前橋商業高対熊本工業高の試合も見ていました。
 前者は桐光が初回にいきなり5点を失ってどうなることかと思いましたが、あきらめない桐光は毎回のように1点ずつ加点して、結局その5点差を逆転することに成功して桐光が勝利を収めたという試合内容でした。後者は伝統校対決にふさわしく守備のしまった試合でしたが、前商が投打ともに内容が上回っていたという試合でした。しかし、漫画家のあだち充が前商の卒業生だとは放送で初めて知りました。
 我が三高の試合はと言うと、緒戦は部員の不祥事で出場を断念した明徳義塾高に代わる出場校である高知高校との対戦でした。判官びいきの日本人らしく、高知高に観客の同情が集まりましたが、打撃の日大三高らしく(いや、小倉監督は「ウチらしくない」と切り捨てましたが)2本の本塁打で好投手二神を撃破し、3回戦に出場しました。途中、4対0から高知高に2点を取られた時はヒヤリとしましたが、8回に本塁打とタイムリーヒットで2点を追加して6対2にしてからは安心して見ていられました。
 3回戦は昨日行われ、先に述べた前商対熊工の勝者である前橋商業高が対戦相手でした。我が校の実質上のエース大越の調子が不安定で、なんと2回表に先制されてしまうという展開でしたが、すぐに打撃の三高の本領を発揮し、その裏に逆転に成功すると、双方とも不安定な投手から着々と加点し、守備では(特に前商に)好プレーがたびたび見られたものの、三高が9対6という打撃戦を制し、ベスト8に進出することに成功しました。予選から通じて4点以上取られる試合はなかったということですが、監督はこの試合では打線につながりがでて、「打撃の日大三高」の本領を発揮したと評価していました。しかし9回表に一打同点のピンチには三高サイドで見ている方にとっては、「なぜアウトが取れないのか」と心配する場面も見られ、点差より接戦だった印象が残ります。
 注目の準々決勝の組み合わせは、三高は18日の第2試合に、今行われている宇部商業高と酒田南高の勝者と対戦することになりました。予定としては準決勝で大阪桐蔭高校と、決勝で去年涙をのんだ駒大苫小牧高との再戦になることと思いますが、まぁ勝負は時の運ですから、ウチが順調に勝ち上がるとは限りませんし、大阪桐蔭高校や駒大苫小牧高も(確かに両校とも本来の力を発揮しているように見えますが)やはり勝ち上がってくるとは限らないというところがトーナメントなのでしょうか。

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