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学問

2012年1月 8日 (日)

平成24年に向けて

明けましておめでとうございます。といっても、もはや人によっては七草粥を食べた方もいると思うので、今更感は否めないが。それでも一年の大計は元旦にあり、を強引に実践してしまうところがこの『狗頭羊肉』ブログの持ち味なので、一週間遅れの「今年の抱負」を語ることにする。

まずやはり言語の問題である。現在受講している朝鮮語(実質は韓国語)とセルビア語を習った範囲内でマスターするというのが最低限の目標である。朝鮮語は変則活用と連体形、それに初級レベルとしては助詞(特に格助詞)を正しく身につけるということである。あとは単語単語であろうか。セルビア語はヤジのような卑語を扱った用語集が入手できないので、とりあえず生中、ではなくとりあえずはニューエクスプレスセルビア語(クロアチア語)の各課におけるスキットと重要文法項目だけでも暗記する、というレベルに到達したい。できることならばamazon.co.jpで売っている英語←→セルビア・クロアチア語の辞書が欲しいが、さすがに5000円超の洋書はそう簡単に入手できるものではない、と腹をくくって購入できる日を待つこととしたい。

言語で自習している部分は、何といっても中国語とロシア語が大事である。ただ中国語はセンスとして文法や発音を身につけているところがあるので、とにかく単語単語で推し進めてもそれほどの困難は生じないと思う。ロシア語が問題であり、とりあえず初級会話に属する決まり言葉や相づちのような言葉を覚えれば、e-mailの送受信にもそれほどの困難は生じなくなるものと期待している。

あとはフランス語とスペイン語をチマチマと自習したいが、優先順位が下がるので、うまくいくかどうかが問題であろう。まぁどちらにしても現状ではゆっくりとやっていきたい、というのがせいぜいであろうと愚考している。

言語習得以外のことをいえば、ゲーム雑誌を3カ月に一冊くらいのペースで購入し、同じくらいの間隔で千葉会・ちはら会・茨城会に参加できればgoodであろうというところか。ちなみに去年は千葉会の例会に2回参加し、忘年会にも顔を出させて頂いた。今年はぜひ作戦級~戦略級のシミュレーションゲームをプレイしたいものである。

就職は、古い友人からは「今年中に就職することを祈念します」といわれて困っているところであるが、まずはとにかく決まった時間に遅刻せずに働くということを大目標において、完全就職は来年以降に持ち込みたい、というのが本音である。とにかく中学生・高校生向きの塾講師(できれば個別指導の)をもう少し一生懸命に探してみようというところであろうか。それが叶わなければコンビニの短時間勤務を想定している。

塾講師になるには、どうも数学がキーとなっているようである。どこの塾も数学講師のタマ数が不足しているみたいなのと、英語のみの講師を希望する際も、採用試験では数学の問題を解くことを求められることがあるからである。まぁ21世紀の人余りの時代において、どうも面接試験がうまくないというのも問題なのかもしれないが。あと、京王・中央線沿線ではあまたの大学に通う大学生という手ごわいライバルがいるので、中央線を山の方まで通うことも考えているのだが、さすがに山梨県の求人案内は東京都に住んでいてはなかなか入手できないものである。それとも山梨ではまだ個別指導教室というものが存在しないのだろうか。あとは八高南線沿線とか青梅・五日市方面も考えているが、やはり情報が入ってこないことには苦しい。

まとめると、数種の外国語の「マスター」とアルバイトを見つけることがとにかく私の今年の目標であるということである。まさかスパルタ・マチダ(ゼルビア)のポポヴィッチ監督が瓦斯に引き抜かれた代わりに、我が清水に初タイトルをもたらしたアルディレス監督が就任したということがここ半月で最も驚いたことである。まぁアルディレス監督には英語で話しかけるなり、ヤジるなり、disるので十分なのだが(実際清水では私はオジーに英語で話しかけたことがある)、ここは一発スペイン語を始めてみようという気になって、数種の外国語にスペイン語が加わったのが自らの中ででも驚きである。

【緩募】人種差別にならない範囲内でアルディレス監督をdisれるスペイン語文、ということで、人任せにせず、自分でスペイン語を勉強してそれを見つけてみよう、というのがスペイン語勉強の大事なモチベーションになることを信じたい。

2011年12月25日 (日)

一年半の東外大のニセ学生としての感想

一年半と題名では銘打ったが、昨年に関しては大学院生によるサマースクールを受講したのみで、そんなに頻繁に通った訳ではない。本気で(本当か?)勉強する気になったのは、東外大が一部の学部講座を開放して「市民聴講生」といった制度で外部の人間が大手を振ってシーズン中の講座を受けることができることになっているのと、オープンアカデミーと称して(これに似たものに「オープンカレッジ」というものがあるが、これは受験生を対象にした大学の広報?宣伝?のようなものである)、大卒以上の人を対象に各言語を教える(ただし英語・中国語・スペイン語は除く)仕組みに乗って、オープンアカデミーでは朝鮮語(といっても実質はソウルの韓国語であるが、東外大では歴史と伝統を重んじて「朝鮮語」と銘打っている)を、市民聴講生ではセルビア語と国際関係概論を、それぞれ受講している。

なお、一昨年のサマースクールではフランス語とロシア語を受講したが、教えてくれる講師の方がM1(大学院博士前期課程1年生=大学4年のひとつ上)ではないかと、つまり教え慣れていなかった可能性があり、それに自分の復習力のなさを加えると、聴講しただけで、何の血肉にもなっていないような気がするので、ここでは割愛する。

まず、今年のセルビア語であるが、長い間セルビア語を勉強したかったのだが、教えてくれる学校がなかったので、我慢していたところ、東外大のWebsightをのぞいてみたら開講されているので、これはいいと早々に受講するつもりであった。ところがやはり言語の勉強に不可欠な復習力のなさをここでも露呈してしまい、結局4月から12月まで(夏休みを挟みつつ)に初級のセルビア語を習ってもIt's Greek to me!の状態で冬休みを迎えてしまった。

ずっとセルビア語を習いたかった理由はサッカー絡みだと思ったが、今年についていえば、FC町田ゼルビア監督のランコ・ポポヴィッチ監督にヤジを飛ばしてやりたいという理由が結構真面目な理由だったような気がする。しかし、そのポポヴィッチ監督は来季、東外大そばの味の素スタジアムを本拠地とする東京瓦斯、もといFC東京に引き抜かれてしまい、ヤジの矛先がなくなってしまったような気がする。あ、でもFC東京は来季はJ1に復帰したから、瓦斯-エスパルス戦(@味スタ)あたりで、または別にうちの試合に限らず、瓦斯のホームゲーム(例えば「多摩川クラシコ」とか)ならば何でもいいのではないか、と思い直せば、セルビア語の勉強しがいがある、というものか(?!)。

オープンアカデミーで習っている朝鮮語/韓国語は、さすがに30年以上前から少しずつ習っているので、セルビア語のようにまごつくことはないが、やはり復習不足で思ったほど実力が伸びないという悩みを抱えている。その韓国語を、1~3年で「現地の大学に留学して意味が理解できること」のレベル(強いていえば韓国語検定の6級?!)まで引き上げたいというのだから現金なものである。

朝鮮語/韓国語の語学力をそこまで引き上げたい理由は、東京外大では毎年3年次編入を行っており、(果たして毎年かどうかは定かではないが)その言語グループが欧米第一過程(英語とドイツ語)と東アジア過程(主に朝鮮語/韓国語と中国語)で、その中の朝鮮語/韓国語で編入したいので、朝鮮語/韓国語の能力をそこまで引き上げたいというのが理由である。

さて、それで不十分に消化したセルビア語と朝鮮語/韓国語であるが、前者は今年度限りとなっており、朝鮮語/韓国語はオープンアカデミーの当局次第では中級クラスが開講されるのかもしれないが、双方とも来年度(4月から)は自習という形になる可能性が濃厚である。どちらの言語とも長い間理解できるようになりたいと思っていた言語なので、この期に習得したいものである。

さて、ここまでは無視してしまった国際関係概論であるが、情けないことに、平日の一限というのが苦しかった。しかも本来の東京外大の一限開始は午前9時なのに、今年は震災の関係で午前8時半開始ということもあって、本当に出席がつらかったものである。その上講義形式の授業の受け方を半ば忘れてしまい、前期の試験は(恐らく)悲惨な出来であった感じだった。ただ、この講座では、休講の補講と銘打って、各種シンポジウムの出席が勧められたので、いくつか拝聴した。前期は国際紛争関係のシンポジウムだったと思うが、この中で劣化ウラン弾の話が出たので、「ああまたか」と思いつつ、その話について疑問を呈したが、これでM准教授に顔を覚えられてしまっただろうか。後期はロシア人の方が講師役を務めたシンポジウムでは、その後の雑談にも顔を出させてもらった。その時はI先生のゼミの方々には迷惑をかけてしまった。

総じて外大の公認ニセ学生生活は楽しいが、こうやって年を重ねるごとに再就職が難しくなるのも確かであり、何とかそのバランスを保ちたいものである。本来ならばミク体労働、もとい肉体労働だろうと水商売だろうと仕事を探すのが私に課せられた唯一絶対のタスクなのだが、やはり女優の前田愛さんの先輩としては、何でもいいから仕事というのは後輩に迷惑をかけかねないので、出た大学に見合った進路を見つけないと、というのが今の私の課題である。

2011年3月21日 (月)

新言語、学習開始予定(その1)

さすがは大学ラインこと京王線沿線である。東京外国語大学といえば、個人的には北区西ヶ原の古くさいキャンパスを思い浮かべたものであるが、いつの間にか調布と府中の境界線そばに移ってきて、現在は京王ユーザーになった私としては非常に通学が便利になったものである。最も今年は厄年という年齢からして、フルタイムの学生に復帰するわけではない。

京王沿線に移転した東京外国語大学では、市民聴講生制度として、一部学科講座の有料開放と夜間が主体のオープンアカデミーを実施している。このこと事態は去年の夏には知っていたのだが、日本の大学制度からして後期のみの科目というのが非常に少ないために、今春まで待っていた次第である。

その中で、私は「朝鮮語」と「セルビア語/クロアチア語」(他2講座)を申し込んだ。実は朝鮮語講座は先着順ということで、3月1日の申し込み開始とともに早速申し込んだが、大学で開講している「セルビア語/クロアチア語」(他2講座)は、人数限定でその人数を超えたときは抽選で決めるということなので、先週火曜日までほっておいたのだが、到着そのほかがあいまいな郵便ではなく、時間の制約(気付いたときには15日になっていた)で直接大学まで申し込みに行った。

昨夏のフランス語・ロシア語講座受講でどう行けば安上がりか承知していたので、京王線を府中で下車して、そこから片道JPY100で行ける、『ちゅうバス』というコミュニティーバスで30分近くバスに揺られて東京外国語大学に到着した。申込窓口が結構ややこしい場所だったので、他人のお世話になりながら何とか間に合った。

最もこれは申し込んだだけで、抽選で3講座とも落とされる可能性もあり、逆に3講座とも通る可能性もある、ということである。申込書類に不備が無い限りは。

10年くらい前からずっとセルビア語/クロアチア語の講座を探していたのだが、割と有名な多言語語学学校でもこの言語だけは講座を開いていないことが多かったので、受講料が安いことも含めて干天の慈雨となった(抽選で落ちない限り)。ただ他の言語講座は前期後期で1セットの講座となっているのに、この言語だけは前期(7月まで)で終わってしまうということである。これは担当教官が9月から対外研修に出かけるからしょうがない、ということなのだろうか。まぁこういうことならば、きっと前期の15回程度の授業である程度の運用能力が身につくように講座が設定されていると信じたい。

他の2講座は実は大学教養レベルならば、学生時代に既習の科目なのだが、再チャレンジということで申し込んだ科目である。仮に抽選で落ちるならこちらのどちらかの方がいい。とはいえ、2教科落ちると涙目ではある。

他に八王子学園都市大学『いちょう塾』と首都大学東京の『オープンユニバーシティー』もあったのだが、魅力的な講座が無かったので、今回は申し込んでいない。しかし、首都大学東京は既に八王子市南大沢にあるので、そちらでの開催をメインにして欲しかったが、わざわざ飯田橋にサテライトキャンパスを設けて、そこでの講義を主体とするやり方で、京王(中央)沿線に住んでいる身としては受講が難しかったので、講座受講を申し込んでいない。最も東京外国語大学のオープンアカデミーも半分くらいの科目が文京区のサテライトキャンパスで開講されるので、多少受講科目選びに慎重になったのは秘密である。

これらの講座を受講するに当たって、ブログの記事にするかTwitterで愚痴ネタにするか分からないが、受講記をサイバー空間で暴露する可能性は決して低くない。

今度こそは講座で開講されている言語をマスターしたいものである。

注釈 一般には「韓国語」と称されている言語だが、30年前くらいには何と呼ぶのかに難儀していた。もちろん東京外国語大学で韓国/朝鮮語を教えている歴史はそれより長いので、始めた当時に「朝鮮語」と称していたことを重んじて、あえて「韓国語」と名義変更するよりは、古くさい「朝鮮語」にこだわっている。ただ教える言語は南(=韓国)の言語である(もしかしたら講座の1回くらい使って北(=朝鮮)なまりを教えるのだろうか。

2011年2月 7日 (月)

アフシン・ゴトビ監督に関するささいなこと

清水エスパルスの新監督であるAfshin GHOTBI氏の読み方であるが、ペルシャ文字を少しかじった私にとっては(また一部のファンにとっても)Jリーグに対する登録名である「アフシン・ゴトビ」というのは、少し納得がいかない。ただ日本語は音声が貧弱なので(あくまで言語学的にですよ)、どこかで妥協しなければいけないことは認める。

ペルシャ語で「ゴ」を表記するためには、"گ"の文字を使う必要があるのだが、ラテン文字表記で"Gh"となっているのは、ペルシャ文字で"ق"を使っているからで、これをラテン文字に転記する時はどちらかというと"Q"を使うことが多いような気がする。ただイラン革命で家族と共にアメリカ合衆国に亡命した時に、英語ではほとんどQを使わないので自らの表記をGhとしたのではないか(もちろん完全な推測)。

また、氏が正式に清水の監督に就任するまではマスメディアも「クォトビ」と「ゴトビ」のどちらにするか迷っていた節がうかがえる。結局アジア杯で韓国に敗れたあと、休む間もなく清水に飛んできて、記者会見をするところで「ゴトビ」と正式に呼ばれることになったわけであり、言語学的にどうとかいうよりもJリーグへの登録名の関係でこれが正式な日本における表記となったわけである。

私個人としては「クォトビ」にして欲しかったが、ラテン文字表記がGで始まる関係で「ゴトビ」になるのは英語(そう、ゴトビ監督の国籍はアメリカ合衆国なのである!)の読みとしては納得できる。例えば、軍事オタクなら誰でも知っている(と思いたい)旧ソ連の地名に「ハリコフ(現在はウクライナ語読みで「ハルキウ」となっている)」があるのだが、Khで始まるので(これはロシア語のХを英語に転記する時はKhとする慣例から来たものである)英語母語話者は「カリコフ」と読むことが多い。それから考えると、Ghotbiは「ゴトビ」になるのもしかるべきかというところである。

ゴトビ監督のつづりをペルシャ文字でフルネームを記すと、"افشین قطبی‎"となるのだが、アラビア語ないしアラビア文字の変形を用いている文字は原則として母音を記さず、記す時は特別な事情(例えば長母音)がある時のみである。そこから考えるとペルシャ語に近い表記をするつもりならば「アーフシーン・クォトビー」になるのではないかと愚考する。最も私はペルシャ語を正式に学んだことはなく、数冊の教科書を斜め読みしただけの知識しか有さないので、ペルシャ語に詳しい方で上記表記に間違いがあれば、メールなりコメントで訂正を入れて下さると非常にありがたく存じる。

『エスパルス社社員のプロ意識が欠如している件について』に続く。

2011年1月13日 (木)

ゴトビ監督は元ペルシャ人&『マルチリンガルの外国語学習法』より

多言語話者(「ポリグロット」とか「マルチリンガル」と呼ぶ)を何となく目指している私は、実際に多言語話者の勉強に関する本を書店で見つけると買ってしまう傾向がある。その中で今回は『マルチリンガルの外国語学習法』(石井啓一郎著・扶桑社新書)の中に書かれていた内容を取り上げたい。この本は安易に多言語習得ができるという考え方に警鐘を鳴らしている。ロマンス諸語であるスペイン語・カタロニア語・フランス語・イタリア語がいかに違うかを綿々と唱えている個所さえある(第五章)。

著者が多言語話者になった経緯は、あくまで文学の習得がきっかけという。この著者の使える言語リストの中にはペルシャ語が含まれていることが重要である。ただペルシャ語に向かう筋には紆余(うよ)曲折があり、アフシン・ゴトビ清水監督を亡命させたイラン革命が著者のマルチリンガルとなったきっかけではあるが、日本の大学でイスラム学を教える大学は数が少ない上に偏差値が高いということで上智大学の出身となったわけであり、そこは当然ミッションスクールなので、キリスト教サイドから見たイスラム教なので、先に習得した言語はスペイン語やフランス語である。そこから東に進んで、最後にたどり着いたのがペルシャ語というわけだそうだ。そしてそれらを学んだのはほとんどが文学の研究目的であるが故ということである。この著者が味わわされたものが、下で詳述する「タァーロフ」である。

ペルシャ人の社交儀礼に「タァーロフ」という習慣がある(pp90-93)。まぁ、日本でいうお世辞に近いものであるが、あえて上記のようなペルシャ語でこの著者は紹介している。まぁイランに限らずどこの国でも少しその国の公用語が話せる人間にこそ「~語が上手ですね」というのは(多分)世界共通なものだと思うが、この「タァーロフ」は単なるお世辞以上の意味を持っているような気がする。

アジア杯終了後に来日する清水エスパルスのゴトビ新監督は果たしてそのような習慣を身につけているペルシャ系アメリカ人である。エスパルスにゴトビ監督が着任してからはどのような言動をするであろうか。ゴトビ監督が主(ホスト)で、選手が従(ゲスト)な訳であって、ホストたるペルシャ系の人間が実際に「タァーロフ」を発揮したらどうなるであろうか。

ある選手にある種の直すべきアクションがあるとして、それを指摘するというよりは、別の長所たるアクションを褒めるということになりはしないだろうか。昔のプロ野球で元阪急・日本ハムの上田監督が「え~で、え~で」と褒める選手が真っ先につぶされていくという現象があったが、我が清水エスパルスでその再現が起きる、というのは杞憂(きゆう)であろうか。もちろんそうであって欲しいし、ゴトビ監督は教育のほとんどを合衆国で受けている(大学はUCLA)ので、率直な欠点指摘と重要な修正の方法を伝授することができると思いたいが、現在イラン代表監督をしているゴトビ新監督は、やはりペルシャ人としての行動様式を身につけている可能性が高い。

まぁ最近の記事で、ゴトビ監督は策士かつ戦術家であることを証明したが、選手の育成については、今のところ不明である。UCLA在籍中からサッカー指導者/アナリストの道を歩んでいるゴトビ監督ならば合理主義を発揮してくれるだろうと信じたい(UCLAでは機械工学を学んだという)。

2011年1月 2日 (日)

2011年の展望

皆様、新年明けましておめでとうございます。
Ich wünsche Ihnen ein glückliches neues Jahr!
새해복 많이 받으세요. 
A happy new year!
Bonne année!
新年快乐!

「明けまして……」といいつつもう2日になってしまったが、昨日は記事をアップしていないので、このブログとしては新年初記事となる。

さて、去年は個人的には激動の1年を送ったわけであるので、できれば今年は平穏な1年を過ごしたい。といっても部屋の中にいても、外出すれば必ずということでも、別に何か事件に巻き込まれるというわけではない。とにかく人をいつまでも幼子扱いする連中から脱出することに成功したわけであるから、次は仕事を探さねばならないわけである。

その求職活動に関しては今時両手で抱えるほどのスキルやキャリアを持っていても就職に困る世の中である。30代という10年間を失った私としては新しいスキルを自らの手で作らなければならないわけであり、その困難さは一応承知しているつもりである。

現時点では言語に関するスキルを伸ばそうとしているわけであるのだが、私の飽きっぽい性格故に勉強しても身につくところまではたどり着かない。せっかくTIME for Kidsを年間予約で購読しても、1号たりとも最後まで読み切っていない。読み切るには何か強制力が必要なのだろうか。

このことはほかの言語を学ぶことにも当てはまり、中国語・韓国語・ロシア語・ドイツ語・フランス語、そして英語を勉強しようとしても決して長続きしない。どの言語も一応最低限の学習工具は保有しているわけだが、そこにやる気がついてこない。私は日本国内から一歩も出たことがないので、何らかの言語を身につけなければ生きていくことができない、ということは一切ないので、その分真剣味に欠けているのは確かであろう。何か一言語に限定すればまだうまくいく可能性は高まるのだろうが、私の飽きっぽさからするとそれは非常に難しい。

ではどうしたらよいかといっても答えがあるわけではない。とりあえず去年までのように興味が続いている間に少しずつ勉強して、飽きたら別の言語に切り替えるという方式をとるしかないのであろうか。しかしそのようなカタツムリ式の勉強法では、英語などで書かれた原書を読めるような英語力を身につけるのに何十年もかかってしまい、私の余命からいうとジ・エンドである。とりあえず言語の学習はできる範囲で続けるしかない、としかいいようがない。

変わって大学の聴講生になりたい話であるが、この近辺だと東京外語大八王子市(八王子学園都市大学:通称いちょう塾)がそういう制度を実施している。ただ、昨秋は(お金の問題もあるが)あまりにも早く申込期間が過ぎてしまい、気付いた時にはどちらも締め切りを迎えていた。今度は春学期なので、新しい講座が始まるであろうから、申込開始日と締め切りと受講料に気をつけて、何らかの科目を履修したいものである。言語系の科目も履修できるのであるが、今回は国際関係論のような一般講座を受講したいと考えている。言語講座の受講は、東京外語大の「オープンアカデミー」で開催される講座のうち、府中で開講される講座(中には東京・本郷で開催される科目もあり、そんなところまで行けるか!というところである)の中から選んで受講したいものである。ただしこれだけ受講を考えていると、お金が持つのだろうか、という心配がある。そのあたりは先着順で受講する講座を決めるしかないであろう。

それで仕事の話であるが、復帰したいのはやまやまだが、現状ではドクターストップがかかっており、そのドクターストップが解除されるのはいつか、また解除されたとして40男に仕事があるのか、不安な点は多い。とりあえず復帰する時の仕事はこういうことがしたい、ということは考えているが、そこは年々市場が縮小している商売であり、また自分の能力を証明できる資格がないので、いくつも回って一つ採用されれば運がいいと考えるべきなのかと思う。

まぁリーマン・ショック後の日本で将来に不安を感じていない大人の日本人はいないだろうが、自力で前に進まねば狗頭の町での生活も続かなくなるので、とにかく療養を急ぐことが大事である。

2010年9月29日 (水)

日本における「シナ呼称問題」

普通の日本人が「中国」と呼んでいる国のことを執拗に「支那」と呼べという論者が数人いる。渡部昇一・兵頭二十八・呉智英が有名である。

私はその説を理解しつつ、違和感を覚えている。まずは「支那」説を要約してみよう。ヨーロッパ言語ではかの国のことを大抵古代王朝の「秦」に由来するChina(英・独)、chine(仏)などと呼んでいる(ちなみにロシア語ではКитай、これは北方諸語では多用されている)。これには誰も抗弁するものはいない。ならば日本語でも同じ由来の支那・シナと呼んでも差し支えない上に、中国というのは「世界の中心にある国」という意味だから不適当である、ということである。

その理論には瑕疵はないと思うが、もうあそこにある国は百年近く「中華民国」「中華人民共和国」という名前の国である。もちろん中華民国時代(もちろんこの国は現在も台湾島とその周辺の島嶼部に存在しているが)にこそ「支那」という用語が多用されたわけだし、私が時たま「合衆国」「連合王国」と呼んでいる国は通常は「アメリカ」「イギリス」と呼ばれ、それで十分に通じている。

では私はどんな違和感を持っているのか。「中国」というと、「シナ呼称論者」には「世界の中心にある国」を連想させるようだが、私には「大英帝国」「大日本帝国」に対する「中くらいの国」を感じさせる。もちろん「中華民国」「中華人民共和国」の略称としても十分に通じると感じる。ただ、モノの本で読んだ話では、日「本」国に対する「支」那という感じがするので中華民国の外交官が「支那呼ばわりはやめてくれ」と抗議したという話が残っているそうだ。だから一部の「シナ呼称論者」は漢字では書かずにカタカナで「シナ」と書く。

私の「中国呼称論」は上記の通りなので、「シナ呼称論者」の文章を引用する時以外は中国と書く。ただこれが「中国」ではなく、「中華」と呼べと両国が抗議してきた場合(これだって両国の国号の略称には違いないから)は「シナ呼称論者」の論理を借りて私でさえ反論するであろう。「中華」という呼称にこそ「世界の中心にある皇帝が生わすところ(今は皇帝ではなく主席と総統であるが)」という意味をたっぷり含んでいるからである。

私はあまり好きではないが(Wikipediaの彼の項目を読んで、彼が最初の妻になしたことを見て欲しい。あれでは子供が可哀想だし、私なら自殺しかねない)、司馬遼太郎という高名な文人がいる。彼は中国と韓国/朝鮮には固有の地域呼称がない、と喝破した。実は日本もその意味では固有の地域呼称ではないのだが、一応万世一系を貫いているので(ここでは異論は認めない)、たまたま王朝名が地域呼称になっているだけである。ヴェトナム(越南)も似たようなものだが、中国明朝期に認められた王朝名がたまたま地域呼称になって現在に至っている、という次第である。第二次大戦後に国が二つに割れた時に北も南も国号にヴェトナムを入れた上にヴェトナム戦争で北が勝ったからヴェトナムで問題なく通じているだけなのだろう。

何かうまい解決方法はないのだろうか。アフリカにコートジボアールという国がある。訳すると「象牙海岸」なので、政体と合わせて、象牙海岸共和国という言い方もあったらしいが、同国の外務省と大使館が「我が国の呼称は各国語に訳して表現してはならない」との通達を出して、世界中に守らせている。誇り高き大陸中国でさえ音訳でかの国を表現している。できれば同じように世界中にChinaではなく、Zhongguo(中国語の発音上の「中国」)であるとの声明を発して、発音はピンイン方式でも各国語の方式でも構わないと通達を出せばそれですべては解決するのだが、日本のウヨサヨ問題程度でこんな通達を出してくれるとも思えないので、「シナ呼称問題」は永遠に続くのだろうか。

2010年9月 8日 (水)

エマニュエル・トッドに関する備忘録

実はこのブログで一回だけ、エマニュエル・トッドに出演いただいたことがあったのですが、当時は"Qui est M.Todd?"という状態だったのですが、今年に入って現在の地に住み着いてから、トッド絡みの単行本はすべて目を通した。さすがに藤原書店が出版している雑誌『環』のトッドに関する論述は未見である。

その時のトッドの予言は「日本のような国にアメリカ型自由主義モデルに基づいた規制緩和を持ち込むことは、極右勢力の台頭を引き起こすに違いない」というものだったのですが、実現したとも言えるし、外したとも言える。それは自分で理由を述べているように、日本は既に老成しているのが原因ではないか。ただ確かに「ネット右翼」というものの存在は(これが存在するかどうかを論じるとまた長くなるので、ここでは存在すると論じられているものとして扱う)予言の一部として的中したことの証しかもしれない。

今回のエントリーは備忘録なので、トッド関連の書籍(のうち、和訳が出版されたもの)がフランス本国および日本で発売された順番を書き連ねるにとどめる。

フランス本国
『第三惑星』  1983
『世界の幼少期』  1984
『新ヨーロッパ大全』 1992
『移民の運命』  1999
『経済幻想』  1999
『世界の多様性』→『第三惑星』と『世界の幼少期』の合本 1999
『帝国以後』  2002
『文明の接近』  2008
『デモクラシー以後』 2009

日本での翻訳
『新ヨーロッパ大全』 1992・1993
『経済幻想』  1999
『移民の運命』  1999
『帝国以後』  2003
『文明の接近』  2008
『世界の多様性』  2008
『デモクラシー以後』 2009

なおトッドは(少なくとも以前は)EU統合反対論者で、あるところで「2005年までにユーロは崩壊する。しなかったら笑いものにしてもいい」と予言していたが、現在の金融危機においてもフラフラではあるが何とか持ちこたえている。氏は経済学者ではないので、詳細な総括を求めるのは難しいが、このことについての弁解が聞けたら知りたいものである。

2010年9月 4日 (土)

英語を勉強するわけ

ここのところフランス語だ、ロシア語だといわゆる第2外国語に執着しているようだが、やっぱり大事なのは、今や世界共通語の一歩手前まで来ている英語である。私がいわゆる第2外国語の方に熱心なのは、英語だけだと見方が一方的なってしまう危険があるような気がするから、第3の視点として英米に必ずしも従順ではない国の公用語を習っているという側面がある。

それでも私のメジャー(専攻)というべき国際政治学はほとんどすべて英語で切り開かれ、英語で発展していった歴史があるので、この学問を深めるにはやはり英語を相当深く勉強しなければその神髄に少しでも近づいたとは言えないのではないか。猪口邦子元少子化担当大臣などは、この学問は本質的には英語でしかできないから、上智大学勤務時には優秀な学生にはアメリカ留学を勧めていたという。

最も私の場合、ではどうして大学生のころに英語を真面目にやらなかったのかという疑問が周囲360度から聞こえてきそうだが、終わってしまったことを回想したり反省したりするのがこのブログの目的ではないのでそこは不問に付してもらいたい。ただいま受けて取れそうなTOEICの点数とか、これからTIMEの本誌ではなくTIME for Kidsを読むことにするとか、何か話が遅いような気がするのは否めない。まぁ遅くても全く勉強しないよりはましだと思うので、亀の歩みのごとくではあるが、英語力増進を進めてみたい。

ところで、唐突に何で英語の話を書いたかというと、少し前に英会話の名著(であった、という意見も少しある)『入門用アメリカ口語教本』の本を手に入れ、少し前にお金が入ったのでそのCD音源もamazon.co.jpの中古本で注文を出したからである。文法自体は中学初級のものなので、あとは実行あるのみであるが、その「実行」が私にはひどく難しいものである。まぁそれでも暇を見つけて英会話の練習を心がけたいものである。

あとは奥山真司先生のように、戦略学・地政学に関する大事な文献で和訳されていないものを、英語(・フランス語・ロシア語)から是非和訳して出版したいものである。この点に関してはもちろん実力が第一なのだろうが、何だか出版社とのコネがないと本の出版まではこぎつけられないのではないか、といういらない心配もある。

それに私の性格上、書いてあることを書いてあるままに訳すのは不可能ではないが、いわゆる意訳というのがほとんど不可能なのではないか、という心配もある。まぁ文学でない論文でそこに関する心配は余りいらないのかもしれないが。つまり日本語力である。モノの本によると25歳を過ぎると日本語力の強化は不可能になるそうで、言葉によるコミュニケーションを最も不得手としている私としては、その能力を向上させるべき数多の病院を渡り歩いたが、どこの病院も私の言語表現能力の低さにさじを投げた感じであった。

それでもやらねば一生無職なので、何かいい方法はないか。

2005年12月15日 (木)

eラーニング講義に参加することになった

 明日の午前10時半ごろからインターネットによる遠隔授業のゲスト役として出演することになりました。奈良県の帝塚山大学というごく平凡な関西圏近郊の私立大学が中心になって作ったTIES-NETという遠隔授業システムで、すでに首都圏を含む全国の30余りの大学がこのシステムに加盟しており、その学生たちは自由に配信されている講義を視聴することができるようになっています。また、制限はありますが、一般の方でもIDとパスワードを登録すれば、やはり配信されている講義を見ることができます。
 私が参加するのは、中嶋航一教授のeラーニング経済学という講義で、テーマはニートに関してです。ニートだった私が(今でも失業者であることに変わりはありませんが)―最も講義では現役のニートとして―学生たちにその姿を見せて、反面教師役を演じてもらおうという趣旨で、考えようによっては恥さらしなのですが、まぁ将来のある学生たちのためと腹をくくって反面教師役を演じようと決めたわけです。最も、もしかしたら未来における大学での講義の一形態になるかもしれないeラーニングシステムというのがどういうものなのか興味がある、ということもありましたが。

 実は11月10日に当ブログの記事「秋葉原に行ってきた」の中で、

>ある組織に呼ばれて、秋葉原で人に会うことになった。

ということを書きましたが、その組織というのがこの帝塚山大学のTIES-NETを運営しているTIES教材開発室で、そこの方が東京に出張してくるということで、まぁ私という人間を顔見せすることになったわけです。それとその日は遠隔授業の参加に不可欠なウェブカメラ&マイクロホンのセットを頂いたわけです(11月11日ブログ記事「鮫洲に行ってきた&新宿昨日今日」参照)。

 その準備を今日の夕方6時から中嶋教授とTIESサポートデスク、および私の三者で行ったわけです。三者といっても今日は主に中嶋教授と私との間で明日の講義の準備に関する打ち合わせをメインに行いました。前二回のゲストによるライブ講義ではゲストがパワーポイントで丁寧な資料を作成して、事前に中嶋教授に送っていたこともあって、教授サイドでは私の話しそうな内容の資料をパワーポイントかワードで作成して送るように(実は今日以前もメールで結構粘り強く要求されていたのですが)改めて要求されました。自分の頭の中にあることをまとめるのは非常に苦手なわけですが、先人のライブ講義ではパワーポイントで自分の経営している会社のことなどをまとめて、資料として学生たちに参考資料として提示していたので、私も仕方なく資料をまとめよう。
 とはいうものの、パワーポイントは練習したことはあるのですが、自分で使いこなせるまでには至っていませんので、やむなくワードで作ることにします。しかし本当に頭の中にあることを明文化することは苦手なので、たぶん明日の朝までかかることになるでしょう。とすると、徹夜でライブ講義に参加することになるのでしょうか。

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