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語学

2011年12月26日 (月)

市立中央図書館へ

私は市立図書館に3冊の本を予約している。『アラブ革命はなぜ起きたのか』と『幻想の平和』にしても11月中旬に予約して、12月16日正午時点でまだ何も音さたがない。とはいえ、この2冊は借りている人が返してくれれば、すぐにでも読める状態にある、といっても構わない。しかし何というか、11月時点からこの2冊は予約者リストに複数人が名を連ねているように思えた。それでどうして12月のクリスマスまで終わったこの時期に借りられないのかが、非常に不思議である。

前者の本は、露米の衰退を人口学の観点から予言しているエマニュエル・トッドの著作であり、後者は戦略学者の奥山真司氏が翻訳したということで、それなりに日本でも知名度があると思われる(特に奥山博士が訳した本は大抵が市場に出回る。岩波書店のように買い切りではないので、そこそこ知名度はあるであろうし、実際我が市の中央図書館には『幻想の平和』を含めて分厚い本が3冊入庫している)。

このあたりはまだ我慢できるが、我慢できないのは7月末に予約を入れた『Google英語勉強法 お金をかけずにネイティブから学べる』である。確か予約当時に8人並んでいたと思われるが、年末のこの時期に、ウェイティングサークルにはまだ5人の名を連ねている。この本だけ誰かに盗まれたのか、それとも図書館当局が本気で貸すつもりはないのか、と我が邪念は疑心暗鬼になっている。

こうなれば市立図書館の愚痴を吐きまくるだけである。というのは、平日午後7時まで開館、土日祝は5時まで開館で、祝日は原則開館、というのは、地方都市の図書館にはよくあるが、周囲の図書館は土日祝も午後7時まで開館しているところもあり、すごいところになると午後10時まで開館、床まである始末である。それに休館日も月一回連休させて、それ+α程度が閉館日というのも普通にある。なぜ東京にあって、なぜ企業城下町にあって、このようなざまなのだろうか。それから多摩地方の図書館と23区内の図書館の違いなのであろうが、前者はその都市に在住・在学・在勤者をメインに貸し出しているが、後者はどこに住んでいても(稚内に住んでいても、与那国島に住んでいても―というのは理論上の話だと思うが)図書館から本を借りることができるという違いがある。

我が町の図書館は、現代型の図書館の草分けとして、図書館関係者には評判が高い。ただ、「草分け」ということで、何となく昭和40年代の運営で続けているうちに、周りの都市の図書館がサービスを強化して、結果として現在においては我が町の図書館は運営面で周囲と比べて著しく劣るようになってしまった(いや、図書館員個人は皆さん優しい方々ですよ)。我がの市長が保守派で、図書館などというお金を生まないところにあまり大金を投じたくはないのだろうが、ひとつずつ直してもらいたいものである。

それから、我が町とは無縁の話であるが、道南に住んでいる某軍学者は、日本の図書館事情の貧困さを嘆き、その改善を期待しているみたいだが、そもそも日本みたいに一冊あたりの書籍代金がだいたい欧米より安いので、私のような特殊事情を抱えているもの以外にとっては、ある分野で趣味でも仕事でも知識を深めたいものは、図書館で借りたりなどせず、自分で必要な書籍を買い集めるのが常識である。

それから同じく軍学者にお知らせしたいのは、千葉県ならともかく、東京の各市の図書館員に、司書を採用してずっと彼/彼女に本を扱わせると信じ込んでいるみたいだが、都下の図書館では市役所の一セクションとして扱われており、単なるジョブローテーションに一部に図書館勤務が入る、という形式を取っている。詳しくは辻由美著『図書館であそぼう 知的発見のすすめ』(講談社現代新書 1999)を読了して欲しい。

2011年12月25日 (日)

一年半の東外大のニセ学生としての感想

一年半と題名では銘打ったが、昨年に関しては大学院生によるサマースクールを受講したのみで、そんなに頻繁に通った訳ではない。本気で(本当か?)勉強する気になったのは、東外大が一部の学部講座を開放して「市民聴講生」といった制度で外部の人間が大手を振ってシーズン中の講座を受けることができることになっているのと、オープンアカデミーと称して(これに似たものに「オープンカレッジ」というものがあるが、これは受験生を対象にした大学の広報?宣伝?のようなものである)、大卒以上の人を対象に各言語を教える(ただし英語・中国語・スペイン語は除く)仕組みに乗って、オープンアカデミーでは朝鮮語(といっても実質はソウルの韓国語であるが、東外大では歴史と伝統を重んじて「朝鮮語」と銘打っている)を、市民聴講生ではセルビア語と国際関係概論を、それぞれ受講している。

なお、一昨年のサマースクールではフランス語とロシア語を受講したが、教えてくれる講師の方がM1(大学院博士前期課程1年生=大学4年のひとつ上)ではないかと、つまり教え慣れていなかった可能性があり、それに自分の復習力のなさを加えると、聴講しただけで、何の血肉にもなっていないような気がするので、ここでは割愛する。

まず、今年のセルビア語であるが、長い間セルビア語を勉強したかったのだが、教えてくれる学校がなかったので、我慢していたところ、東外大のWebsightをのぞいてみたら開講されているので、これはいいと早々に受講するつもりであった。ところがやはり言語の勉強に不可欠な復習力のなさをここでも露呈してしまい、結局4月から12月まで(夏休みを挟みつつ)に初級のセルビア語を習ってもIt's Greek to me!の状態で冬休みを迎えてしまった。

ずっとセルビア語を習いたかった理由はサッカー絡みだと思ったが、今年についていえば、FC町田ゼルビア監督のランコ・ポポヴィッチ監督にヤジを飛ばしてやりたいという理由が結構真面目な理由だったような気がする。しかし、そのポポヴィッチ監督は来季、東外大そばの味の素スタジアムを本拠地とする東京瓦斯、もといFC東京に引き抜かれてしまい、ヤジの矛先がなくなってしまったような気がする。あ、でもFC東京は来季はJ1に復帰したから、瓦斯-エスパルス戦(@味スタ)あたりで、または別にうちの試合に限らず、瓦斯のホームゲーム(例えば「多摩川クラシコ」とか)ならば何でもいいのではないか、と思い直せば、セルビア語の勉強しがいがある、というものか(?!)。

オープンアカデミーで習っている朝鮮語/韓国語は、さすがに30年以上前から少しずつ習っているので、セルビア語のようにまごつくことはないが、やはり復習不足で思ったほど実力が伸びないという悩みを抱えている。その韓国語を、1~3年で「現地の大学に留学して意味が理解できること」のレベル(強いていえば韓国語検定の6級?!)まで引き上げたいというのだから現金なものである。

朝鮮語/韓国語の語学力をそこまで引き上げたい理由は、東京外大では毎年3年次編入を行っており、(果たして毎年かどうかは定かではないが)その言語グループが欧米第一過程(英語とドイツ語)と東アジア過程(主に朝鮮語/韓国語と中国語)で、その中の朝鮮語/韓国語で編入したいので、朝鮮語/韓国語の能力をそこまで引き上げたいというのが理由である。

さて、それで不十分に消化したセルビア語と朝鮮語/韓国語であるが、前者は今年度限りとなっており、朝鮮語/韓国語はオープンアカデミーの当局次第では中級クラスが開講されるのかもしれないが、双方とも来年度(4月から)は自習という形になる可能性が濃厚である。どちらの言語とも長い間理解できるようになりたいと思っていた言語なので、この期に習得したいものである。

さて、ここまでは無視してしまった国際関係概論であるが、情けないことに、平日の一限というのが苦しかった。しかも本来の東京外大の一限開始は午前9時なのに、今年は震災の関係で午前8時半開始ということもあって、本当に出席がつらかったものである。その上講義形式の授業の受け方を半ば忘れてしまい、前期の試験は(恐らく)悲惨な出来であった感じだった。ただ、この講座では、休講の補講と銘打って、各種シンポジウムの出席が勧められたので、いくつか拝聴した。前期は国際紛争関係のシンポジウムだったと思うが、この中で劣化ウラン弾の話が出たので、「ああまたか」と思いつつ、その話について疑問を呈したが、これでM准教授に顔を覚えられてしまっただろうか。後期はロシア人の方が講師役を務めたシンポジウムでは、その後の雑談にも顔を出させてもらった。その時はI先生のゼミの方々には迷惑をかけてしまった。

総じて外大の公認ニセ学生生活は楽しいが、こうやって年を重ねるごとに再就職が難しくなるのも確かであり、何とかそのバランスを保ちたいものである。本来ならばミク体労働、もとい肉体労働だろうと水商売だろうと仕事を探すのが私に課せられた唯一絶対のタスクなのだが、やはり女優の前田愛さんの先輩としては、何でもいいから仕事というのは後輩に迷惑をかけかねないので、出た大学に見合った進路を見つけないと、というのが今の私の課題である。

2011年10月30日 (日)

試運転

どうも固定読者の方々、3カ月近く更新をサボっていて申し訳ありませんでした。サボっている間に日大三高は甲子園で優勝するは、国体も制覇するはといった具合で、本来なら三高ネタだけでも書くこと盛りだくさんという感じなのですが、言い訳しますと、やはりTwitterに慣れてしまいますと、長い文章を書くのがおっくうになってきます。

しかしそれではまずいので、現状報告だけでもしておきます。韓国語とセルビア語(最近、セルビアを「ゼルビア」と空目する傾向が現れてきた。何せゼルビアの監督はセルビア人だし)は講座には出席していますが、相変わらず復習しないので腰砕けになっています。今からなら間に合うから復習しなければと思いつつ日々を過ごしています。その二言語を含めて今勉強しようとしているものの優先順位を並べると、①韓国語②セルビア語③フランス語④中国語⑤英語⑥ロシア語⑦ドイツ語といった具合になっています。実際には③以下は時々かじるのがせいぜいではないかというところですが、チャンスが来たら正式に習うか、今でも独学でできる部分はそうするかというように心の準備をしています。

それから話は変わりますが、最近、どうも狗頭の町の中央図書館で働いている所員さんたちに、私は一種のクレーマー扱いを受けているみたいである(といっても別に暴力を振るったり、館内で大声を上げたりしている訳ではない)。問題は本のリクエストなのですが、通常市の図書館に蔵書されていない書籍を読もうとすると、東京では都の中央図書館から本が取り寄せられて、特別な扱いで貸出を受けることが普通です。しかし私の場合は、リクエストの紙を館員に渡す時に、「できるだけ市の図書館で購入して欲しい」と口頭でではありますが、お願いをしています。普通ならばそのような利用者の声など無視して構わないはずなのに、私の場合はどうもお願い通りになることが結構多いのです。さらには、少し前の話なのですが、大して読めないフランス語の、新語辞典をリクエストしたら本当に蔵書として購入していただいた(ただし参考文献扱いなので、借りることはできない)。

図書館の件については、私鉄沿線の7市(ただしそのうちの1市は、本来的に「いや、そこは違う鉄道会社の沿線だろうがJK」という感じですが)の図書館連携事業というのがあり、それに加わっている別の市にある図書館からも本を借りているので、現時点では図書館から30冊以上の本を借りている状態です。まぁそのよその町ではあくまでも「お客さん」なので、特にリクエストすることはありません。ただ市が違うと図書館の空気も違ってくるので、結構使いでがあります。

とりあえず以上が現在報告というところです。

2011年2月 7日 (月)

アフシン・ゴトビ監督に関するささいなこと

清水エスパルスの新監督であるAfshin GHOTBI氏の読み方であるが、ペルシャ文字を少しかじった私にとっては(また一部のファンにとっても)Jリーグに対する登録名である「アフシン・ゴトビ」というのは、少し納得がいかない。ただ日本語は音声が貧弱なので(あくまで言語学的にですよ)、どこかで妥協しなければいけないことは認める。

ペルシャ語で「ゴ」を表記するためには、"گ"の文字を使う必要があるのだが、ラテン文字表記で"Gh"となっているのは、ペルシャ文字で"ق"を使っているからで、これをラテン文字に転記する時はどちらかというと"Q"を使うことが多いような気がする。ただイラン革命で家族と共にアメリカ合衆国に亡命した時に、英語ではほとんどQを使わないので自らの表記をGhとしたのではないか(もちろん完全な推測)。

また、氏が正式に清水の監督に就任するまではマスメディアも「クォトビ」と「ゴトビ」のどちらにするか迷っていた節がうかがえる。結局アジア杯で韓国に敗れたあと、休む間もなく清水に飛んできて、記者会見をするところで「ゴトビ」と正式に呼ばれることになったわけであり、言語学的にどうとかいうよりもJリーグへの登録名の関係でこれが正式な日本における表記となったわけである。

私個人としては「クォトビ」にして欲しかったが、ラテン文字表記がGで始まる関係で「ゴトビ」になるのは英語(そう、ゴトビ監督の国籍はアメリカ合衆国なのである!)の読みとしては納得できる。例えば、軍事オタクなら誰でも知っている(と思いたい)旧ソ連の地名に「ハリコフ(現在はウクライナ語読みで「ハルキウ」となっている)」があるのだが、Khで始まるので(これはロシア語のХを英語に転記する時はKhとする慣例から来たものである)英語母語話者は「カリコフ」と読むことが多い。それから考えると、Ghotbiは「ゴトビ」になるのもしかるべきかというところである。

ゴトビ監督のつづりをペルシャ文字でフルネームを記すと、"افشین قطبی‎"となるのだが、アラビア語ないしアラビア文字の変形を用いている文字は原則として母音を記さず、記す時は特別な事情(例えば長母音)がある時のみである。そこから考えるとペルシャ語に近い表記をするつもりならば「アーフシーン・クォトビー」になるのではないかと愚考する。最も私はペルシャ語を正式に学んだことはなく、数冊の教科書を斜め読みしただけの知識しか有さないので、ペルシャ語に詳しい方で上記表記に間違いがあれば、メールなりコメントで訂正を入れて下さると非常にありがたく存じる。

『エスパルス社社員のプロ意識が欠如している件について』に続く。

2011年1月13日 (木)

ゴトビ監督は元ペルシャ人&『マルチリンガルの外国語学習法』より

多言語話者(「ポリグロット」とか「マルチリンガル」と呼ぶ)を何となく目指している私は、実際に多言語話者の勉強に関する本を書店で見つけると買ってしまう傾向がある。その中で今回は『マルチリンガルの外国語学習法』(石井啓一郎著・扶桑社新書)の中に書かれていた内容を取り上げたい。この本は安易に多言語習得ができるという考え方に警鐘を鳴らしている。ロマンス諸語であるスペイン語・カタロニア語・フランス語・イタリア語がいかに違うかを綿々と唱えている個所さえある(第五章)。

著者が多言語話者になった経緯は、あくまで文学の習得がきっかけという。この著者の使える言語リストの中にはペルシャ語が含まれていることが重要である。ただペルシャ語に向かう筋には紆余(うよ)曲折があり、アフシン・ゴトビ清水監督を亡命させたイラン革命が著者のマルチリンガルとなったきっかけではあるが、日本の大学でイスラム学を教える大学は数が少ない上に偏差値が高いということで上智大学の出身となったわけであり、そこは当然ミッションスクールなので、キリスト教サイドから見たイスラム教なので、先に習得した言語はスペイン語やフランス語である。そこから東に進んで、最後にたどり着いたのがペルシャ語というわけだそうだ。そしてそれらを学んだのはほとんどが文学の研究目的であるが故ということである。この著者が味わわされたものが、下で詳述する「タァーロフ」である。

ペルシャ人の社交儀礼に「タァーロフ」という習慣がある(pp90-93)。まぁ、日本でいうお世辞に近いものであるが、あえて上記のようなペルシャ語でこの著者は紹介している。まぁイランに限らずどこの国でも少しその国の公用語が話せる人間にこそ「~語が上手ですね」というのは(多分)世界共通なものだと思うが、この「タァーロフ」は単なるお世辞以上の意味を持っているような気がする。

アジア杯終了後に来日する清水エスパルスのゴトビ新監督は果たしてそのような習慣を身につけているペルシャ系アメリカ人である。エスパルスにゴトビ監督が着任してからはどのような言動をするであろうか。ゴトビ監督が主(ホスト)で、選手が従(ゲスト)な訳であって、ホストたるペルシャ系の人間が実際に「タァーロフ」を発揮したらどうなるであろうか。

ある選手にある種の直すべきアクションがあるとして、それを指摘するというよりは、別の長所たるアクションを褒めるということになりはしないだろうか。昔のプロ野球で元阪急・日本ハムの上田監督が「え~で、え~で」と褒める選手が真っ先につぶされていくという現象があったが、我が清水エスパルスでその再現が起きる、というのは杞憂(きゆう)であろうか。もちろんそうであって欲しいし、ゴトビ監督は教育のほとんどを合衆国で受けている(大学はUCLA)ので、率直な欠点指摘と重要な修正の方法を伝授することができると思いたいが、現在イラン代表監督をしているゴトビ新監督は、やはりペルシャ人としての行動様式を身につけている可能性が高い。

まぁ最近の記事で、ゴトビ監督は策士かつ戦術家であることを証明したが、選手の育成については、今のところ不明である。UCLA在籍中からサッカー指導者/アナリストの道を歩んでいるゴトビ監督ならば合理主義を発揮してくれるだろうと信じたい(UCLAでは機械工学を学んだという)。

2011年1月 8日 (土)

黒田龍之助先生の新著を読み始めました

まだおとそ気分が抜けていない時期であるが、社会人ならばもう仕事は始まっているので、そうゆっくりしているわけにもいくまい。

ところで、この「狗頭羊肉」ブログであるが、アクセスの際に使われる検索ワードを調べると、「日大三高」と「黒田龍之助」(もしくはそれに近い単語)が2トップを形成している。

日大三高は今春の甲子園出場が内定している(が、大会寸前に不祥事を起こして、日大三高の対戦相手となりそこねた明徳義塾高のような例もあるので、用心、用心)ので、その関係だと思う。実際に去年11月23日付のブログでそのことに言及してあるので、そこに吸い寄せられるのであろう。

しかし、黒田龍之助先生の件については、確かに去年の9月2日のブログで取り上げたが、あれは本当にたまたま、検索エンジンで「黒田龍之助」と入力して表示された三修社さんのサイトを見て、好き勝手に書き散らしただけのことなので、三修社さんには頭が上がらない。まぁ一応同社が出版した黒田龍之助著の本である『ぼくたちの英語』は、たったの1部ではあるが、一応自分用に購入して楽しませて頂いたので、勝手に引用しても、ネット世界の流儀に反していないはずである(もし、「無断リンクを禁ずる」と書いてあったら、いきなり法的手段に訴える前に私にご連絡下さい。すぐに該当記事を削除します)。

ということで、日大三高と共に私のブログへのアクセスを増やすことに貢献して下さる黒田先生に感謝する意味で、先月出版された『ロシア語の余白』(現代書館刊)を購入した。一昨日に到着したばかりであり、仕事していないのに年始ということでバタバタしていたので、まだ本のほんの少ししか読んでいない。ここでは、近日中に同書の書評を書くという予告の意味でこの記事をアップしたことを報告している次第である。申し訳ないが、近日中というのが何日後なのかを明確にできないので、期待されている方は数日後にまた訪問して欲しい。できれば連休明けには何とかしたいと考えている。

2010年12月 4日 (土)

韓国語テキスト購入

韓国語(とドイツ語)ほど長い間習得したいと思いつつ習得できない言語なのである(英語はこの際脇に置いておいて)。その理由には多分山ほど原因があるだろうが、その一つには継続して学習していないということにあるだろう。それでとにかく単語を覚えていない。文法項目は多少分かるがやはりあいまいである。それで単語はとにかく時間をかけて覚えるしかないということで、あいまいな文法項目をつぶして、初級文法を確実にするために下記のムックを昨日購入した。

このムックは本来は「超入門編」の続きで、冒頭に超入門編の復習コーナーが書かれている。これを読むと、実は超入門編に収録されている文法項目も一部未習得ないし忘却していたようだ。とはいえ、「超入門編」はハングルの読み方・書き方から始まって、基本的なあいさつを含めて本当に「超入門編」の名にふさわしいことから書かれているので、ハングルの読み書きくらいはできる(しかし習得済みの学習者に比べると、一字ごとに読み進めることしかできないので、読みが遅くなる傾向がある)。

それで「初級編」を買った次第であるが、しかしまずは冒頭の復習コーナーで「超入門編」に記載されている文法項目をつぶしてから本題の「初級編」における学習をしないと、学習を進めるごとに分からなくなる可能性が高いし、第一アンチョコなしである程度の韓国語を読み書き話し聞きできるようにならない。

アンチョコといえばやはりまずは辞書であるが、日本語に近いといわれつつも意外に難しい韓国語の、特に語尾表現の使い方を素早く見られないとアンチョコとしての役割を果たせない。その意味では下記の分厚い文法書はアンチョコとしての役割を果たすには難しい。

むしろアンチョコとしての役割に徹して書かれた(と私には解釈できる)この本こそがアンチョコとしてはベストと思う。もちろんアンチョコなしに韓国語を操れればいいし、この本の著者もアンチョコを使い続ければいつかはこの本なしで自由自在に韓国語を組み立てられるというコンセプトで出版したので、初級文法~中級文法の間は堂々とこのアンチョコ(と日韓辞書)を使うつもりである。

そういえば、ハングル検定と韓国語検定の二種類の検定試験があるが、どちらかというと後者の受検を狙っているところである。現状では目標は韓国語検定二級(この級数は数字が大きいほどレベルが高い。最上級は六級である)であろう。多分三・四級(中級試験)にチャレンジできるようになれば日常会話は何とかなるような気がする。逆に場合によっては妥協して「高原状態」に陥る可能性も否定できないが。なお、韓国語検定試験は現在は一つの級ごとに試験をするのではなく、初級試験(一・二級)、中級試験(三・四級)、高級試験(五・六級)に別れていて、試験の点数で不合格・下級合格・上級合格の割り振られる。何というかTOEICと英検やヨーロッパにおける言語検定の中間の形態を取っているようで面白い試みだと思う。そういえば中国のHSKが韓国語検定に似た級付けを行っているような気がする。

何かというと嫌韓論者は「永遠の十年」と嗤うが、この形態は日本(及びヨーロッパ)の検定試験も参考にしたらいいような気がする。ただしヨーロッパ諸国は言語検定の基準を一本化するために、EU諸国全体で数段階の試験を級ごとに(ただし数字で級数を表すのではない)実施するようになりつつある。ただし連合王国のIELTS(アイエルツ)は意味づけが違うので、今までのTOEFL方式を用いるのだろうか。

2010年11月28日 (日)

外国語あれもこれも

外国語の運用能力を実用レベルまで高めるべく勉強するたった一つの方法は、とにかくその言語を勉強することを習慣づけることである。

これはどのような学習方法をとっても不変の真実、といって良いのではないだろうか。「毎日たったの15分!」とかいう感じの、いかにもうさん臭い外国語教材の宣伝文句でも、文頭を見るとやはり「毎日」と書いているではないか。私にはこの「毎日」ないし習慣づけた勉強というのが大変に苦手である。短期間の間に集中的に勉強することならばできるだろうが(得意、ではない)、どうもマラソンのように持久的に学習するのが本当にダメである。やはりADDないしアスペの性といっていいのだろうか。はっきりいって飽きっぽいのである。それで写真のようにさまざまな言語の教材をあてどなく買ったり借りたりするのである。Foreignlanguage 本当はこれらのうち一つをある程度できるようになってから(大体検定がある言語であれば3級合格くらいか?)次の言語に手を出すべきではないか、と自分でも頭の中では分かっているつもりである。

少なくとも教材を買ってしまった言語ならともかく、図書館から教材を借りてきた言語ならば後回しにできるであろう。今の自分は頭のバッテリーが切れかかっている状態である以上、手持ちの書籍・教材はなるべく少なくしたいのであるが、図書館で書籍・教材を見るとつい借りてしまいたくなるのである。昨日も渋谷区立西原図書館で3冊借りてきたが、返す時はどうするのか。調布の図書館でも近くない感じがするというのに、23区内に入ってしまうと返しに行く時に面倒くさくならないだろうか。まぁギリシャ語は文字の読み方だけを(単語とかは一切覚える気なし)知りたいだけだからまだいい。しかしドイツ語は(ある程度学習しているとはいえ)後回しにしても問題ないのではないか。

ヨーロッパの言語であれば、現在はフランス語とロシア語のどちらかを優先的に学びたいと思っているのであるが、どうしてもドイツ語が横やりを入ってくる。というのは実はドイツ語の最新の辞書を定価の1/3近い安価で買ってしまった以上、すぐに使いたい気になるからという事情も大きい。ちなみにフランス語の辞書は、やや古め(それでも今世紀に出版され、その辞書では最新版である)ながら定価の1/8という「持ってけ泥棒」並みの値段で買ってしまったので、やはり使いたい。ロシア語はというと、実は図書館で借りている。某市の図書館が小型の辞書なら、参考文献扱いにせずに図書として貸し出してくれるのであり、それを使って(?)いる。

東アジアの言語も負けてはいない。近年の嫌韓ブーム(?)に乗った形で、いやそれはウソで、30年来の願望である韓国語習得を目指しているのだが、独学のつらさよ、下手に知っている言語をどういう風に学んだらいいのか分からない。分からないけれど何とか「マスター」したい。中国語は今世紀に入ってから学び始めたのであるが、学習の困難さは大体韓国語に似て、下手に知っている言語をどういう風に学ぶべきなのか……。ちなみに韓国語は「あの」小学館の朝鮮語辞典をJPY3,000で入手した(これはお買い得!しかもどこも破損しているわけではないのに……)し、ポケット辞書で韓日と日韓の両方を入手した(こちらは定価で)。中国語は現在辞書はないが、まず辞書を必要とするレベルに到達することが大事かと。それで過去記事にも書いたがタイ語。こちらは教材は借り物だし、辞書は当然ない(だって、定価でJPY10,000以上するからね)。

何かきっかけがあれば整理したい所であるが、今のところそのメドは立っていない。6言語をつまみ食い的に学んでいくしかないのだろうか。こういう私には言語学習カウンセラーがまじめに必要ではないかと実感する。誰か助けてくれませんか。

2010年9月27日 (月)

日本における外国語教育(特に英語について)

http://lm700j.at.webry.info/201009/article_26.html を起点に、

http://togetter.com/li/53889 を発見して考えたことを少し論じてみたい。ただ、このサイトはツイッターとリツイートを元に作られたサイトだが、すべてのリツイートを見ているわけではないので、私の論述に過ちがあるかもしれない。どちらかというと、語学教育だけではなく、エリート教育すべてに関する論考と思って下さい。

よく日本人のTOEFLの平均点がアジア最低、世界最低と言われることがあり、その理由に「日本人は裕福だから、留学を目的としないものも受験する」と言われる。そして受験者がアジアでは圧倒的に多数であることもその補助線として加えられることが多い。

しかし、このリツイートを見ると、日本の受験者は7万人、韓国の受験者は10万人と、人口比が5:2であるにもかかわらず、韓国の方が受験者が多いのである。まぁかの国の留学熱によって、この10万人はほぼすべて留学希望者と見て良いのだが。

そういえば日本人で正規留学を希望するものは何を目的とするのだろうか。日本では国内の四大を卒業して新卒で入社した企業に定年まで働き続けることが(一種のファンタジーとはいえ)、最高のキャリアコースト見なされている。ここに留学というものの入る余地はない。むしろ留学する者はキャリアコースから外れた者と見なされるのではないか。

もちろん例外はいる。学者志望者とキャリア官僚見習いあたりか。あと、マスメディア周辺で生息する連中にもいそうな気がする(それは前者の落ちこぼれなのだろうか)。そういった連中が世論を形成するのだから、日本人のTOEFLの平均点の低さを嘆くのはよくわかる。しかし、果たして日本人の上位五分の二と下位五分の二の人生キャリアコースに外国語の必要性はあるだろうか(上位五分の一ならさまざまなキャリアコース―上記の学者とキャリア官僚など―が考えられるので除外した。五分の二だと、先述の「最高のキャリアコース」を歩んでいる者を想定しえると考えたのでここを定めた)。

このレベルだと、もし急に英語が必要になった時、上位五分の二なら会社や役所が研修を用意して英語力をつけてくれるだろうし、下位五分の二ならどこの国でもブロークンイングリッシュで押し通してしまうのではないか。海外旅行でむちゃくちゃな英語で買い物をしても、大して問題がない、アレである。そのレベルでいい英語力ならば、むしろ国際的観光地の土産物屋のおっちゃんおばちゃんの英語力は、「ある意味で」非常に高い(時には中国語だったり韓国語だったりする可能性もあるが)。生活に直結しているからだ。だが、あの英語を教えて欲しいという英語学習希望者は、誰もいないと私には確信できる。

そして日本という国は実際、学者・キャリア官僚と国際的観光地の土産物屋にいるおっちゃんおばちゃん以外は外国語を必要としない国なのである。これが韓国だと留学経験者は社会のさまざまな場面で優遇されると聞く(逆に日本と同様に韓国式生活様式とかけ離れているので敬遠されるという話も聞くが、どちらが正しいのだろうか)。もちろん外国語熱は非常に高く、私のような下位五分の一に属する者でもいろいろな外国語を学び散らしているし、各カルチャーセンターにおける英語を含むさまざまな外国語のコースは満員御礼である(中には一般人にとって聞いたことがない国の言葉のコースは最低開催人数不足で開講できないこともあるが)。

そういう国の外国語教育のあり方というモノを、大陸国で、四方を国境に囲まれている国の外国語教育と同列に考えるのは何かおかしいのではないか、という常識は働かないのだろうか。この問題に関しては、先述の学者希望者・キャリア官僚の見習いを除いて、自分の頭で考える必要があるのではないか。繰り返すが、この問題はどこにも参考になる国はない(韓国なら、反面教師としてなら非常に参考になると思う)。

私の提案は(というよりは自分に言い聞かせることなのだが)、外国語が生活に必要な者を除いて(本当は含めてなのだが)、カルチャーセンターあたりで外国語を学ぶ者は、それでもその言語に通じたいなら練習の量と時間を確保することであり、それがさまざまな理由や人間関係で不可能なら、カルチャーセンターの~語講座とは~語を習うと称して人間関係を築く場であると割り切るのが筋である。

こういう問題は前のエントリーでご登場願った黒田龍之助先生が詳しそうなのだが、私には氏にお話を聞くためのコネがないので、問題点を列挙して、最低の提案を自分でして見た。このブログのウォッチャーさんたちにも是非コメントでご参加願いたいものです。

2010年9月 4日 (土)

英語を勉強するわけ

ここのところフランス語だ、ロシア語だといわゆる第2外国語に執着しているようだが、やっぱり大事なのは、今や世界共通語の一歩手前まで来ている英語である。私がいわゆる第2外国語の方に熱心なのは、英語だけだと見方が一方的なってしまう危険があるような気がするから、第3の視点として英米に必ずしも従順ではない国の公用語を習っているという側面がある。

それでも私のメジャー(専攻)というべき国際政治学はほとんどすべて英語で切り開かれ、英語で発展していった歴史があるので、この学問を深めるにはやはり英語を相当深く勉強しなければその神髄に少しでも近づいたとは言えないのではないか。猪口邦子元少子化担当大臣などは、この学問は本質的には英語でしかできないから、上智大学勤務時には優秀な学生にはアメリカ留学を勧めていたという。

最も私の場合、ではどうして大学生のころに英語を真面目にやらなかったのかという疑問が周囲360度から聞こえてきそうだが、終わってしまったことを回想したり反省したりするのがこのブログの目的ではないのでそこは不問に付してもらいたい。ただいま受けて取れそうなTOEICの点数とか、これからTIMEの本誌ではなくTIME for Kidsを読むことにするとか、何か話が遅いような気がするのは否めない。まぁ遅くても全く勉強しないよりはましだと思うので、亀の歩みのごとくではあるが、英語力増進を進めてみたい。

ところで、唐突に何で英語の話を書いたかというと、少し前に英会話の名著(であった、という意見も少しある)『入門用アメリカ口語教本』の本を手に入れ、少し前にお金が入ったのでそのCD音源もamazon.co.jpの中古本で注文を出したからである。文法自体は中学初級のものなので、あとは実行あるのみであるが、その「実行」が私にはひどく難しいものである。まぁそれでも暇を見つけて英会話の練習を心がけたいものである。

あとは奥山真司先生のように、戦略学・地政学に関する大事な文献で和訳されていないものを、英語(・フランス語・ロシア語)から是非和訳して出版したいものである。この点に関してはもちろん実力が第一なのだろうが、何だか出版社とのコネがないと本の出版まではこぎつけられないのではないか、といういらない心配もある。

それに私の性格上、書いてあることを書いてあるままに訳すのは不可能ではないが、いわゆる意訳というのがほとんど不可能なのではないか、という心配もある。まぁ文学でない論文でそこに関する心配は余りいらないのかもしれないが。つまり日本語力である。モノの本によると25歳を過ぎると日本語力の強化は不可能になるそうで、言葉によるコミュニケーションを最も不得手としている私としては、その能力を向上させるべき数多の病院を渡り歩いたが、どこの病院も私の言語表現能力の低さにさじを投げた感じであった。

それでもやらねば一生無職なので、何かいい方法はないか。

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