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日記・コラム・つぶやき

2011年12月31日 (土)

平成23年の総括

実はこのブログ、5年半続けてきたのだが、実は「続けてきた」といっても休み休みでたまに書く、ということになってしまったので、一年間の総括を書くべき12月31日にココログでブログを書いているのは初めてのことなのである。それに12月31日が終わったらまったく別の世界に入るというのであれば、総括というのも意味があるのであろうが、明日は平成24年1月1日(日)が3時間たたないうちに来て、また次の一年が始まるというものである。

故にせいぜいが今年の反省点を並べる程度に終わってしまうことになるのがやむを得ないと覚悟して記事を書く程度のことになってしまう。

一月に、黒田龍之助氏の『ロシア語の余白』という本の書評を書く、と約束したのであるが、結局これは絵に描いた餅になってしまった。言語エッセイというものは意外に難しいものである。ロシア語は少しはかじったから何とかなる、と甘く見ていたことが原因のひとつであるが、他に、この月に私がTwitterのアカウントを取得して始めてしまったことで、ブログへの関心度が「下り最速」で落ちてしまったのである。

三月には、某災害のことを脳裏に刻みつつ、選抜高校野球(春の甲子園)が開催され、我が母校も出場したのであるが、実は自宅にいまだにテレビというものがないので、最初から甲子園の評論はあきらめていた部分がある。結局我が校は準決勝で散ることとなったが、強力打線の一端は見せていたので、非常に残念であった。

四月からは外国語大学で市民聴講生とオープンアカデミーを受講することになったが、いまだに受講内容が血肉となっているとは言いがたく、例によってTwitter症候群で、勉強の内容を記事にするということを思いつかなかった。セルビア語の講座は、この「世界都市」のひとつである首都圏でさえ見つけるのが難しく、外国語大学で一般に開放された講座として受講できることを知った時(実は三月上旬であったが)は狂喜乱舞したものである。しかし、例によって言語の授業の後に復習をしない症候群の発症で、果たして受講しただけの効果があったのだろうか、という疑問も脳裏をよぎっているのも事実である。

七月・八月は高校野球選手権(夏の甲子園)が開催され、優勝候補の筆頭として我が校が出場した。しかし私にはまだ時間感覚が直っていないと見え、予選の試合と、本大会の組み合わせ抽選会がいつ行われたのかまったく気がつかなかった。大会の中継自体は、春に毎日放送がネットで同時中継をしていたので、夏も朝日放送が同じことをするであろうと予想し、それは見事に的中した。それでありながら、甲子園の評論を書く、という行為がまったく脳裏に浮かばなかったのである。これもやはりTwitter症候群ではないかと愚考する。ちなみにTwitterの方では、「風水師」を名乗る小林先輩ことDr.コパさんと、何度かtweetの交換をしたのが個人的にはうれしかった(だが、小林先輩の「風水」というのは本来の風水とは違うので、その部分はいただけないと思っている)。

十月に入ると、市民聴講生とオープンアカデミーとが後期授業に進むことになり、言語科目を2言語と国際関係論の授業を(春と同じように)受講している。問題点は前期と同じで、本当に私は猿でもできる、反省さえできない生命体であることを痛感させられた。後はノートを取るのが非常に下手。それとこのころから大学という環境に慣れたのか、サボり癖がつき始め、今時点では語学科目はこれ以上欠席できない「リーチ」の状態に追い込まれている。

で、今月に入ると、寒さが本格化し、Twitterに少し飽きてきたのか、ブログの更新も始まるようになった。だが書き慣れていないことは同じで、40年以上生きているヒトが書く文章とは思えない下手さを皆様に披露しているわけである。PVはある程度確保されている割にまったくコメントがないことからもそれがうかがえる。まぁブログの世界で無視と炎上とではどちらが怖いか、ということもあるので仕方ないかな、とあきらめている部分もある。

月別の総括はこのような次第であるが、一年を通して見えた場合、それを職業にしていない限り、ブログ・Twitter・Facebookなどなどの新しいソーシャルメディアを同時に運営することがいかに難しいか、ということを実感させられたものである。私なぞは基本的に暇人であるので、起きている時間を全てそのような行為に時間を割ければ不可能ではないが、インプットの方がなければ、記事ネタはすぐに枯渇してしまう。今年の反省点のひとつは、インプットが足らなかったことではないか。

もし来年以降も人生が続けば、インプットとアウトプットのバランスを追求することが、ソーシャルメディアに生きるものとして(とはいっても、私自身は「アルファブロガー」にはほど遠いので、あまり気にすることもないという考え方もある)の必要条件ではないかと自省するものである。勉強や研究をしながらTwitterでtweetを続ける学者・研究者を見えると、ほとほと頭が上がらないものである。

2011年8月 6日 (土)

選手権がいつの間にか始まっていた

私の部屋(квартираとロシア語で書くとピッタリする、のはアパート住まいだから)では新聞を取っていないので、時事的な話題には多少遅れて知ることが多い。夏の甲子園もいつ組み合わせ抽選会をやるのか気にしていたうちに3日に行われていた。

我が日大三高の3回戦までの組み合わせは、下記の通りである。
① 5日目(8月10日) 0800プレイボール 対日本文理高等学校戦
② 9日目(8月14日) 1300プレイボール
③ 11日目(8月16日) 1530プレイボール
この後は再度抽選を行って、組み合わせを決める。

今年は1回戦からの立ち上がりである。まぁ西東京地区予選のような試合をすれば割とあっさり勝ち抜ける、と思ったのであるが、実は1回戦の相手である日本文理高等学校は一昨年の選手権で決勝までコマを進め、もう一歩で新潟県に初の深紅の旗をはためかすところまで行った強豪校であった。ただしここで勝てば2回戦・3回戦の相手になりそうな高校はもう少し楽に戦える相手のように見える。

そうすると問題は再抽選の後の準々決勝以降である。ここはどうなるか全くわからないので、三高が勝ち進んだ場合、3試合とも強豪校が当たる(最も準々決勝まで勝ち進んだのだから実績があろうとなかろうと強豪校には違いないが)可能性が高まってくる。できれば九州国際大学付属高校と再戦して、春の雪辱を果たしたいと思うのは皆同じであると思う。どのみち我が部屋には現状テレビがないので、ネット媒体で経過を知るのみである。

どうか三高ナインには9年(10年?)ぶりの深紅の旗を目指して欲しい。

2009年7月 9日 (木)

Чудные события

実に1年ぶりの更新なのですが、私は実に不思議な気持ちでいます。

アクセス解析を眺めていますと、直近40日までなのですが、2・3日を除いて必ず複数の閲覧者がこのブログにいるのです。一体1年前から更新を停止しているブログを覗いて、一体どのような情報を得ようとしていらっしゃるのでしょうか。さらに不気味なのが、その片手に満たない人数(時には両手に余ることもありますが)の閲覧者たちは全くコメントやトラックバックをしてくれないという、まぁお互いさまといえばその通りなのでしょうが、閲覧者たちもブログ記事子と同様のやる気のなさを見せていることです。

でも、ほぼ1年間新しいエントリーを加えることを拒んだ私は、自分の怠惰を恥じると共に全くコメント返しをしてくれないとはいえ毎日毎日代わり映えのしないブログに閲覧しに来てくれる1~5名のすばらしき固定読者には感謝しなければいけませんね。

ところで彼ら(彼女、だったら嬉しいし、その方が40歳以下の独身の方であれば是非名乗り出て欲しいのですが)は清水の関係者ご一行様でしょうか、東生駒の関係者ご一行様でしょうか、私の拙いブログを閲覧するという縁を持ってしまった方で私が想像できるのはこのどちらかしかありませんので、まずはこの御二方にメッセージを送りたいです。

まずは清水の関係者ですが、静岡市に吸収合併されて、清水「区」などという面妖な存在になってしまった上にかつての繁華街ではクレーンの土音が鳴り止む日はなく、私が知っている、昭和の面影が残っている清水の町というのがなくなってしまったのはとても残念です。そしてそれを行っている土建屋たちにいいたいのですが、既に日本の人口はピークを過ぎ、人口減少段階に入っているというのに、狂ったようにマンションを建てて一体誰が買うというのでしょうか。誰も入居しないマンションなんてTVドラマか映画のロケーションにしか役に立ちませんよ。いや、建築コストを度外視して3LDK80㎡の部屋を一千万円未満で販売してくれて、銀行も住宅ローンを貸すときに正社員であることを必要条件としないなどの制度・価格破壊が行われるならばそれでも部屋を埋められるかも知れませんが。

しかし私の知っている「清水の関係者」はバブル前後に入社してきた方々なので、皆さんお金の運用を間違っていなければ(しかし競馬や競輪が流行っていたからどうかなぁ)中堅社員となっている今頃は間違いなく一軒家を区内(もちろん由比とか蒲原とか興津の奥の方とかでなく)に構えているか、その女房になっていることでしょう。そういう意味では正社員は一つの会社に長く勤め上げれば間違いなく「勝ち組」なのです(もちろん過労死事故かそれに類する事故が一件や二件はあったであろうことは想像に難くないですが)。皆さんはその幸せを噛み締めて子女の教育を怠りなく勤めて、勝ち組の再生産をして下さい。

次は東生駒の関係者(といっても彼ら彼女らは既に東生駒に通うことはなくなってしまったに間違いないから、関係者というのはどうかと……)に話すことがあるとすれば(どうしても年上意識が強いから上から目線で語り口調になってしまうことを許して下さい)、私の戯れ言などに惑わされずにどんなに無名な中小企業ででも正社員として入社できたならば、既に現在やめてしまったとか言う場合でない限り、その会社は辞めないで欲しい。社会での転職・再就職は「職歴」が物を言います。それを考えないで気ままに転職しようとすると私みたいに「失われた30代」になってしまいます。また勉強して資格を身につけて新たな世界に進みたいという方もいるかも知れませんが、実は資格の世界は資格を取ってから仕事を見つけるまでが地獄の日々なので、資格を取ったから即左うちわということは決してありません。ここでは転職を前提に話していますが、就職氷河期に正社員として就職を勝ち取った皆さんには(その会社が本当に倒産してしまわない限り)石にしがみついてでも会社に残ってやる、というくらいの気概を持って仕事に励んで欲しいものです。その方が生涯収入も相対的に多いことが統計上判明しているわけですし。

今日はこの辺にしたいと思います。ところで今日のタイトルであります”Чудные события”はロシア語で「不思議な出来事」という意味です。タイトルの意味は文頭を読んで考えて下さい。

2005年5月14日 (土)

年男

 ついに来てしまった、恐れていた日が。5月14日。それは私がほとんどの会社における求人対象から外れる36歳という年齢になる日なのです。まぁ4月以降、あまり熱心に求職活動をしていなかったので自業自得ですね、と言われてもしょうがないのですが。
 求職活動に本格的に乗り出した去年12月から(もちろんその前にもちょこちょこ求人を出している会社に応募はしてはいましたが、職安や「東京しごとセンター」を利用しての求職活動は、という意味です)このように考えていました。誕生日が来るまで半年もないから、やみくもに求人している企業に履歴書を送付して求職活動をしつつ、本格的な求職は何か資格を身につけてからにするから、実際は36歳になってからが本格的な勝負かな、という具合です。そして私の適性検査の結果から、数的処理の能力が高い(その割に高校の数学は難しかったなぁ)ということから、簿記会計の仕事が向いているのではないかと思案したわけです。とはいえ、この年で税理士とか公認会計士のような本格的な財務・会計の資格を取得するのは至難の業なので、簿記に焦点を絞ろうかと。
 でも一つ大きな壁が立ちはだかっています。資格試験の勉強でろくな成果を挙げたことがないことです。今や成年者の国民的資格となっている普通自動車運転免許(そういえば今日で期限を迎えるんだっけ。まだ更新していないなぁ)を大学生の時に取得したのをのぞけば、通関士の資格は、通関の職に長年就いていながら全然取れなくて、去年も多額の借金をしてまで専門学校に通ったにもかかわらず、やはり試験に落ちてしまいました。それで牢屋奉行に「てめえはもう勉強ということができない頭になってしまったのだな」となじられ、私も「もうこの年齢だし、大学受験の時のように必死に勉強して、一応名の通った大学に入ったようには何もできないのだな」と、気を落としてしまいました。
 そういえば、エゴグラムでも私の性格を分析して、「何かもっともらしい事をやろうと思っても、その方法が中々見付から無かったり、よしんば見付かっても途中でドジを踏んだりして、有終の美を飾る事が殆ど出来ない」「こういう風なグラフが示すライフ・スタイルでは、何の仕事をやっても、人並に成功するとはちょっと考えにくい」と示されてしまいました。 本当にそうなのかもしれない。だとすれば、残りの人生(牢屋奉行は「てめえの寿命は50歳だ」と予言していますが)を、たとえあと14年だけだとしても、どう生きればいいのか、想像を思いめぐらすだけで悲しいことです。

 辛気くさい話はこのくらいにして、誕生日が同じという人は日本に何百万人もいるのでしょうが、意外なところでそんな人を見つけてしまいました(見つけたのはずっと前ですけれど)。我が清水エスパルスの右サイドバックをつとめる市川大祐君です。年齢はちょうど11下になります。実社会ではまだ「若いね~」ということになるのでしょう。でも、サッカー選手としてはもう立派な中堅どころ。デビューしたときはまだ17だったのにぃ。日本代表としてW杯にも出場し(おい、アルトゥール・コインブラさんよ。イチはもう「日本代表マスターズ」かね?)、去年のブランクがありながら公式戦に200試合近く出場している立派な、というか清水の誇りともいうべき選手が私と同じ誕生日というのは、自分でどうこう操作できるものでもないのですが、何となくうれしくなってしまいます(でも、イチが知ったら、こんな辛気くさいオヤジと同じ誕生日だなんて……と落胆するかなぁ)。

 しかし、3回目の年男を迎えるに当たって、負けオス犬負け組人間でニートすれすれの状態だなんて、「一応名の通った大学」の学生だったころには想像もできなかった(もちろん、そんな単語もなかったけど)なぁ。

2005年5月 7日 (土)

結局寝正月ならぬ寝GWに

 5月4日に三日目の更新をして、それから二日更新をさぼっていました。このままでは日記名物の「三日坊主」に終わってしまうなぁ、と危機感を募らせていました。さすがにこれではまずいと緩みきった頭のネジを締め直して更新するのが今日の記事です。単なる「バックオーライ」でもよかったのですが、さすがにネジを締めたら書きたいことを思いついたので、誰が読んでくれるのか知らないけど、書いてみようっと。

1.4日の記事で、「せめてあしたこそはドライブ、というか帰省しよう」と決意表明したのですが、やはり寝過ごしてしまい、「今からドライブしてもおもしろくないなぁ」とあきらめの境地に入ってしまい、帰省どころか近所ドライブすらできませんでした。三度の食事より寝ることが大好き(いや、好きというわけではないのですが、一度寝に入ると12時間以上床にいるのが常態化しており、問題だとは知りつつも解決策が見いだせないので困っている……)な私は、この先どう生きたらいいのか頭を抱えている日々なのです。

2.バブル崩壊の足音がそろそろはっきりと聞こえてきた平成χ年に社会人デビューした私は、GWの旅行の思い出というと、社会人四年生の時に行った浜松まつりと、恐怖の大魔王が振ってくると予言されていたハルマゲドンの年に行った北海道旅行くらいしかありません。なぜかというと、私が社会人デビューした会社にいたときには、給料の使い方を割と厳密に決めていたのと、その会社の給料の出し方が一風変わっていたからなのです。使い方の方はというと、

●固定給は原則全額生活費に使用。ただし余れば遊興費にしてもよい。
●ボーナスは3:1の割合で、3は貯金に、1は遊興費兼緊急時の出費のための予備に。
●残業手当は全額遊興費に。
 つまり、遊びに使えるお金はボーナスの四分の一+残業手当でした。

 それから会社の給料の出し方というのは、月末締めで、ただし支給は当月25日に繰り上げ、残業手当については繰り上げ計算できないので、月末締め来月25日支給という二重制度になっていました。それから、労使のベア交渉がまぁ年度末の三月くらいに行われるのですが、妥結は必ず四月に繰り延べになるという慣例になっていました。それで四月分の給料は、前年度の金額で支給され、差額は五月に支払われることになっていました。

 それはどういうことなのかというと、12月にもらったボーナスの遊興費分がそろそろなくなりかけてきた時期に、支給される給料と残業手当は前年度分の額で支給されるということで、GWの時期はどうしても遊興費の谷間になってしまいがちだったのです。それでGWにどこか行こうか、と思いをめぐらす余裕を失わせたわけです。
 浜松は、当時勤めていた会社≒自宅(同じ市内にあった)の県内だったので、それほど散在することなく行けました。

 じゃあ北海道旅行は何だ、というと、その当時は転職して二番目の会社に勤めていたころの話です。そこは原則年俸制で、支給は年俸を15等分して、そのうち12は毎月の給料に、1は夏のボーナスに、2は冬のボーナスに、という方式で、年間にもらう給料は最初の会社とほぼ同額でも、毎月手にできる金額は3割増しくらいだったのです(その代わりボーナスは少ない)。そのときの給料の使い方は、

●4分の1が家賃・光熱費等の必ず出て行く生活費に。
●4分の1が借金返済に(実はその直前にある「賭け」をして、最初の会社で蓄えた貯金分の借金をこしらえてしまったのです)。
●残りの半分弱のうち、食費として使わなかった分は自由に使えるお金に回せる。

というわけで、遊興費として使える分がかなり増えたわけで、そのお金で北海道旅行に出かけたわけです。

 今は?その質問は黙殺!ただ、座敷牢に閉じこめられているので、生活費系統の出費はゼロとなっています。食費だけはゼロでもいいし、自分で好きなものを食べるときにはいくらか使ってもいいし、という形です。

3.実は私は五年ぶりに免許を書き換えることになりました。その間に本籍地が「静岡県清水市○○」→「静岡県静岡市清水○○」→「静岡県静岡市清水区○○」と、二度にわたり地名変更の憂き目にあったわけです。でも、警察には何の届け出もせずに、免許には五年前の地名である「清水市○○」と書かれているわけです。この届け出をしないとやはりまずいのでしょうね。免許書き換えの前に地元警察署で届け出をしておけば、書き換えは新宿でできるのですが、書き換えの時に同時に届け出をするつもりなら、府中か鮫洲に出向かないといけないそうです。3月くらいから「区役所に戸籍を取りに行きたい」と思い続けている訳なのですが、免許更新期間に入った今に至るも「平日に」清水区に帰省していないわけで、この辺もどうしたらいいのか頭を抱えている日々なのです。

 そんなこんなで結局、GWはどこにも出掛けずと相成ったわけです。まぁ「毎日が日曜日」状態の私にとって、GWだからどこかに出掛けよう、ということをあえて考える必要はないのですがね。それから、勤め人にしても、うらやましい会社・工場では、4月29日からあしたまで十連休という人もいるらしいので、そういう人たちの目で見たら、GWはまだ終わっていないのかもしれませんがね。そう考えれば、あしたどこかに行けたら、何とか寝GWではなくなるのかなぁ、とも思っていますが。

2005年5月 4日 (水)

バック……、しまった?!

 今日はサッカーJリーグ、横浜マリノス対清水エスパルス戦を見に行くつもりだったのですが、(働いてもいないのに)ゴールデンウィーク気分で寝過ごしてしまい、目が覚めたときは11時30分。起きてすぐに小机(日産スタジアムの最寄り駅)に向かえればいいのだが、当然着替えたり食事をしたりで準備完了のためには1時間以上掛かる。12時半過ぎに最寄り駅から小机に行って、当日券を買って入るには間に合うか?と、ない頭を働かせて考えると気がなえた。そこで新聞のテレビ欄(私の取っている新聞は最終面ではないのだ)に目をやると、NHK総合、衛星第一ともに中継は入っていない。祈る思いで民放欄に目をやると、TBS(別名をTricolor Broadcast Stationと呼ぶらしい)が中継するではないか!と、それで小机に出かける意欲を完全に失った私は我が14型ステレオテレビにかじりつくことにした。

こりゃ、今年のゴールデンウィークも寝GWになりそうだな。せめてあしたこそはドライブ、というか帰省しよう。

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