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2011年8月 4日 (木)

遅くなりましたが日大三高甲子園出場へ

久しぶりの更新である。アクセス解析を読むと、「黒田龍之助」が圧倒的で、日大三高(もしくは日大三高野球部)というのはたまにある程度なのだが、それでも甲子園の時期が来て、それを記事にすると、結構なアクセスが日大三高をキーワードにして私のblogに集まってくる。それを無視するわけにもいかないので、久しぶりの上に時期外れな(7月中に決定していたため)三高ageの記事をポストする。

決勝戦で早実と当たるのは、私も記憶になく、記録でしかさかのぼれない、東西東京が地区として分離されていない時期だと看板対戦だったのかもしれないが、日大三高が西東京の外れに移転してからは、時々早実が世間を騒がせたものの、それ以外の時期にはどちらも甲子園とは縁遠くなってしまったような気がする。

日大三高野球部が強くなったのは(それ以前にも数回は甲子園に出場してはいるものの)、現監督の小倉監督が日大三高野球部の監督に就任してからである。それとほぼ同時期に早実が国分寺市に移転してきたが、移転しいてすぐのころはまだ野球部の強化はされていなかったので、日大三高の天下で、夏の甲子園初制覇もやってのけたのがこの時期である。

早実の野球部が甲子園に出場して、全国的に話題になったのはやはりハンカチ王子こと斎藤佑樹の出現であろう。あの時期に早実が強くなって、かつての日大三高と早実の覇権争いがよみがえったと見るオールドファンもいるのではないか。

こんなつまらない文章をぐだぐだ書き連ねているのは、西東京地区予選決勝戦の試合のことを書きたかったからである。日大三高は持ち前の強力打線を軸に予選を勝ち進め、時には危ない試合もあった(まさか都立日野高戦でもつれるとは思わなかった)が、世間的には順調に決勝まで来たと見てもよいであろう。

実は私は金欠で、神宮球場にも行っていないし、テレビも見ていないという怠けっぷりでこの記事を書き連ねている。それでもネットの速報やTwitterのtweetで逐次試合が報告されるので、それほど何も知らずに書いているわけではない(と信じたい)。

結果は皆さんご存じの通りであるが、まさか2-1というロースコアで日大三高が勝つとはおもわなんだのである。ロースコアで勝つなら早実、と言い切っていたわけでもないが、やはり日大三高の勝ちパターンは打撃で大量得点を稼ぐ感じなので、少し違和感を覚えている。もちろん三高エースの吉永はこういう投手戦にも戦える投手だとは思うが、今まで打撃戦に慣れてきたので、一般的な投手の責任範囲である3失点以内の点は失うものと覚悟していただけに、9回投げて1失点というのは褒めるしかない。

次は甲子園における対戦相手の決定である。日大三高の持ち前はやはり打撃なので、できれば相手方も打撃戦に強いチームと対戦することを願いたい。

2011年1月13日 (木)

ゴトビ監督は元ペルシャ人&『マルチリンガルの外国語学習法』より

多言語話者(「ポリグロット」とか「マルチリンガル」と呼ぶ)を何となく目指している私は、実際に多言語話者の勉強に関する本を書店で見つけると買ってしまう傾向がある。その中で今回は『マルチリンガルの外国語学習法』(石井啓一郎著・扶桑社新書)の中に書かれていた内容を取り上げたい。この本は安易に多言語習得ができるという考え方に警鐘を鳴らしている。ロマンス諸語であるスペイン語・カタロニア語・フランス語・イタリア語がいかに違うかを綿々と唱えている個所さえある(第五章)。

著者が多言語話者になった経緯は、あくまで文学の習得がきっかけという。この著者の使える言語リストの中にはペルシャ語が含まれていることが重要である。ただペルシャ語に向かう筋には紆余(うよ)曲折があり、アフシン・ゴトビ清水監督を亡命させたイラン革命が著者のマルチリンガルとなったきっかけではあるが、日本の大学でイスラム学を教える大学は数が少ない上に偏差値が高いということで上智大学の出身となったわけであり、そこは当然ミッションスクールなので、キリスト教サイドから見たイスラム教なので、先に習得した言語はスペイン語やフランス語である。そこから東に進んで、最後にたどり着いたのがペルシャ語というわけだそうだ。そしてそれらを学んだのはほとんどが文学の研究目的であるが故ということである。この著者が味わわされたものが、下で詳述する「タァーロフ」である。

ペルシャ人の社交儀礼に「タァーロフ」という習慣がある(pp90-93)。まぁ、日本でいうお世辞に近いものであるが、あえて上記のようなペルシャ語でこの著者は紹介している。まぁイランに限らずどこの国でも少しその国の公用語が話せる人間にこそ「~語が上手ですね」というのは(多分)世界共通なものだと思うが、この「タァーロフ」は単なるお世辞以上の意味を持っているような気がする。

アジア杯終了後に来日する清水エスパルスのゴトビ新監督は果たしてそのような習慣を身につけているペルシャ系アメリカ人である。エスパルスにゴトビ監督が着任してからはどのような言動をするであろうか。ゴトビ監督が主(ホスト)で、選手が従(ゲスト)な訳であって、ホストたるペルシャ系の人間が実際に「タァーロフ」を発揮したらどうなるであろうか。

ある選手にある種の直すべきアクションがあるとして、それを指摘するというよりは、別の長所たるアクションを褒めるということになりはしないだろうか。昔のプロ野球で元阪急・日本ハムの上田監督が「え~で、え~で」と褒める選手が真っ先につぶされていくという現象があったが、我が清水エスパルスでその再現が起きる、というのは杞憂(きゆう)であろうか。もちろんそうであって欲しいし、ゴトビ監督は教育のほとんどを合衆国で受けている(大学はUCLA)ので、率直な欠点指摘と重要な修正の方法を伝授することができると思いたいが、現在イラン代表監督をしているゴトビ新監督は、やはりペルシャ人としての行動様式を身につけている可能性が高い。

まぁ最近の記事で、ゴトビ監督は策士かつ戦術家であることを証明したが、選手の育成については、今のところ不明である。UCLA在籍中からサッカー指導者/アナリストの道を歩んでいるゴトビ監督ならば合理主義を発揮してくれるだろうと信じたい(UCLAでは機械工学を学んだという)。

2010年11月 2日 (火)

駅メロに「いきものがかり」 小田急本厚木駅と海老名駅

http://www.asahi.com/travel/rail/news/TKY201010270580.html
朝日新聞 2010年10月28日配信

小田急線では二駅目・三駅目となる駅メロを海老名駅と本厚木駅で流すことになった。記事の配信日は先月28日だが、開始日は明日となる。海老名駅はいきものがかりのメジャーデビュー曲である『SAKURA』で、本厚木駅は近年大人気の『YELL』である。どちらも上りホームはイントロで、下りホームはサビとなる。この駅メロは列車が近づくことを知らせるメロディとして鳴らすことが目的で、新聞記事には書かれていないが、通過電車が近づく場合にはどうするかは不明である(海老名駅は特急は停車せず、本厚木駅も一部の特急が通過する)。

記事にあるように、小田急電鉄では駅はなるべく静かにするように心がけてきたが、祖師ヶ谷大蔵駅でウルトラマン・ウルトラセブンの駅メロを鳴らし始めたことで、その原則が崩れ、今回、いきものがかりサイドからの楽曲提供の申し出を受け入れることとなった。

ところでその海老名駅と本厚木駅の関係であるが、海老名駅が小田急電鉄と相模鉄道の乗り換え駅として、駅前にビナウォークを整備し始めたのと軌を一にするように、本厚木駅前の店が寂れ始め、今では本厚木駅前は駅を降りて3分も歩けば空き地だらけとなっている。PARCOは撤退し、イトーヨーカドーやビブレも果たして単独店舗で黒字を出しているのだろうか。私が学生のころ(これでどこの大学行っていたかばれるな)は海老名駅は単なる乗り換え駅で、駅を出ても何もなく、本厚木駅前こそが周囲の中で第一の繁華街の座を満喫していたのだが、先述のごとく海老名駅前のビナウォーク整備とともに本厚木駅前がくしの歯が抜けるように店舗が脱落し始めた。

もちろん今でも駅の乗降客数では本厚木駅の方が多いのであるが、これは広大な20万都市の厚木市に駅が二つしかなく、必然的に厚木市の住民が本厚木駅から通勤・通学しなければならないからである。

それでも本厚木駅の北口を降りるとまぁまだ何とか繁華街の景色を見せているので、いきものがかりもインディース時代には駅前で活動していたということで、その恩返しとして、今回の楽曲提供を申し出たのである。果たして本厚木駅前の再起はなるのであろうか。または海老名駅前との繁栄の両立はなるのであろうか。そこが興味のあるところである。

2010年8月18日 (水)

自宅最寄り駅から東京外国語大学まで

Polyglot Blog, August 15, 2010, 『明日から東京外国語大学でフランス語とロシア語の勉強をする』の続きです。

正直言って現在の住みかから新しい東京外国語大学に行くのは初めてであった。おまけにここ1年くらいお金がかつかつになるくらいの生活をしていて、自宅を出た時には受講料分のお金を持っていなかった。まぁ京王線だから駅ナカに都民銀行のATMがあるはずとタカを食っていたら、何と最寄り駅と武蔵野台駅の間でATMがあるのは高幡不動と中河原だけ。しかも前者は改札外なので移動中には使えない。ということで中河原でいったん各駅停車を降りて、ATMで受講料を下ろした後で10分後に来た次の各駅停車に乗って武蔵野台駅に行った、つもりだったが時間が足りないことに気づいて、せっかく平山⇔武蔵野台の回数券を買ったのに、駅と大学の間の交通の便がいい飛田給駅まで向かった(実は飛田給でも武蔵野台でも大して変わらないことに気づくのは水曜日であった)。

飛田給では乗り越し運賃120円を支払い、バスターミナルに立ったところ、次の外語大方面行きは講座開講の4分前。もちろん間に合うはずもなく初回早々にフランス語の授業を遅刻してしまった。まぁ遅刻といっても授業の中身に入っていたわけではなかったので、そこは幸いであったが、やはり大事な時に遅刻するあたりが社会人失格の烙印を押されているゆえんであろう。

ところで今週はフランス語が10時半から12時半ごろまで、ロシア語が4時から5時半までと両科目の間で少々時間が開いてしまう。また外語大周辺の西武線多磨駅・京王線飛田給駅・武蔵野台駅の周りには喫茶店なるものが一軒もない。まぁ外語大周辺といえば、以前あった西ヶ原のキャンパス周りも同様だった記憶があるのだが。

月曜日は無理にお願いして大学図書館に入れてもらって時間をつぶした。火曜日は用事があって新大久保に行かなければならなかったので、西武線多磨駅→武蔵境駅→中野駅→大久保駅と乗り継いで韓流タウンに足を運び、まぁ私は今更アイドルの追っかけをする年ではないので、タレントグッズではなく韓国の交通時刻表を購入した。以前は普通に売っていたはずだったのだが、何せIT強国の韓国のこと、紙ベースの時刻表はまともに流通に乗らないみたいで、私も栗原景先生の助言を受けて先に注文しておいてから入荷の連絡を受けて取りに行った次第でした。なお今日はかろうじて開いている生協兼学食で昼食を取った後、建物の中で教科書やらそのほかの本やらを読んで時間をつぶしました。

なお話は前後するが、実は武蔵野台駅(始発は府中駅)から東京外国語大学までは直通バスがある。時間は1時間に1本なので不安定なのは否めないが、わずか100円で最寄り駅から大学前まで行けるのは大きい。なお、武蔵野台駅→東京外国語大学間は8時台から午後5時台6時台まで毎時6分に出発している。また東京外国語大学からは同じく毎時37分に出ている。このバスで府中駅まで(しかも片道100円!)行けるので、使わない手はない。

昨日は分け合って訳あってこのバスで府中駅まで行った折、府中⇔最寄り駅の回数券を買ってしまった。武蔵野台駅との回数券は来週中に使い切らなければならないが、府中ならたまに市立図書館に行くこともあるので有効期限ぎりぎりまでに使い切れば大丈夫だろう。

2010年3月31日 (水)

生まれて初めてデモを見た

今日銀行に行くために渋谷に行った。最初は新宿にするかJR相模原にするかで迷っていたのだが、高幡不動の駅に出てからは後者の選択肢は失われていた。当然高幡不動から新宿は京王線で一本だからそのまま新宿に行けばいいのだが、明大前に近づいてから「しばらく渋谷に行っていないな」と思い、井の頭線に乗り換えて渋谷に出た。

実は私のメインバンクの渋谷支店はマークシティで再営業してから初めて行った。多分マークシティにあるはず、と探したのだが、マークシティの入り口にはその銀行の表示は全くない。20世紀ならここであきらめるところだったが、今は21世紀、携帯電話のIモードで「○○○銀行渋谷支店」を検索したところ、同じ建物ではあるが、店舗ではなくオフィスとして入店していることが分かった。

この銀行、新宿でもそうなのだが、一般の窓口が無く、出入口も午後3時で閉めるのだが、平日の午後6時までと土曜日の午後5時までは、入り口のドアフォンを鳴らして出入口を開けてもらって入店するのである。まぁ銀行での用事は済ませ、久しぶりの渋谷を散歩してパルコのあたりで公園通りに出たのだが、不意にやかましい音と拡声器で増幅された声が聞こえてきた。

目の前は警官の集団が目立っており、デモ隊は横断幕こそはっきり読み取れたが、参加者の姿は警官に隠れてほとんど見ることができない。それにデモというのはもっと大人数で行われるものと思い込んでいたので、30秒くらいで目の前を通り過ぎていったというのは驚いてしまった。とはいっても普段のデモで(普段デモを見ないからブログの記事にしているのだが)万の単位で参加者がいたら東京ではなくソウルではないか。

なるほどデモというのはよほど大きなデモでもなければ一瞬にして通り過ぎるものだから東京に長く住んでいてもデモを見たことがなかったのか、ということに気づいた。あと、一応東京では名のある大学を出ている「はず」なのになぜデモを見たことがないのかといえば、私の出身校は東京有数の保守的な大学で、学内に立て看板のたぐいは一切無く、そのかわり某協会が勢力を持っていた(今でも持っているのかなぁ)から、学生運動のようなものとは一切かかわりがなかったのである。最も個人的にはノンポリどころかその正反対に位置しているつもりであったが……

まぁ霞ヶ関とか永田町とか麻布十番とかに頻繁に訪れるような人間ならば、もう少し以前からデモというものを見たことがあったのかもしれない。それに私が学生の頃はバブル絶頂期、いくら政治に関心があってもデモというものははやらなかった時代なのも確かである。

ちなみにデモのテーマは、「宮下公園のネーミングライツ導入に反対する」ということであったが、疑問が二つ。一つは公園内に住むホームレスの生存権の問題だが、そもそもホームレスが野宿することを積極的に認めることが不思議である。確かにいちげんのホームレスに「屋根の下で寝起きしたいですか」と尋ねても、人間不信の故に肯定的な答えはするはずがないが、本来人は屋根の下で生まれ育ったものなので、時間を掛けて誘導すればほとんどのホームレスは自分の部屋に住みたいものなので、もし公園のホームレスを一掃したいのであれば一定の猶予とコスト上許される限りのケアを施した上で施設(できれば四畳半程度でもいいから個室が望ましい)に移動させればよいのではないか。今ひとつは公園のネーミングライツを購入するスポーツウェア会社が、公園のネーミングライツというものによく価値を見いだしたものである。まぁ天下の渋谷区であるから、旧渋谷公会堂のようにいくらでも買い手がつくのかもしれないが。

2008年7月11日 (金)

(約)3ヶ月ぶりに清水に行ってきた話

3ヶ月ぶりというのは、3月30日日曜日にJリーグ公式戦の清水対大宮戦を、後援会員はただで観戦できるということで、「貧乏ホイホイ」に引っかかって、スコアレスドローの盛り上がりに欠けたつまらない試合を見に行って以来の帰郷ということで、そのような表題にしました。このころはブログを復活したいな、と願いつつもやる気が伴わずにこの帰郷もブログの記事にすることなく、お蔵入りしていたものです。

ところでそもそも私がなぜ昨日清水区に行かなければならなくなったかと申しますと、楽天ブックスでさくらももこ本を2冊購入し、それの受取先コンビニを清水区○○(私の本籍地)にあるサークルKにしたことがその発端でした。

しかし本来は深夜に車で座敷牢から清水までこの本を取りに帰るというのが計画でした。それがなぜ深夜でない時間に行ったのかと申しますと、前回と同様、車の免許の書き換えに失敗し、現在無免許中というのが真相です。

本来でしたら6月16日(免許の書き換え期限は本来6月14日なのにもかかわらず、この日が土曜日なので救済措置として次の月曜日となる6月16日になったのです)月曜日に、その前日まで生やしていたひげをばっさりそって、急いで(私の免許書き換え区分の関係で午後2時までに運転免許試験場に行かなければいけないのです)鮫洲の試験場に行きたかったのです。しかし前日に千葉県松戸市で行われたゲームサークルの例会がありまして、それの関係で昼夜逆転生活になっていました(つまり、サークルの例会ででも途中に睡眠とまではいかなくても、休憩を取って眠気をしのいでいました)。これが尾を引いて、6月16日に目覚めた時にはすでに運転免許試験場に午後2時までに着く可能性はゼロという時間でした。これで前回の書き換えに続いて免許の再取得ということになりました。

とはいえ、ものぐさ太郎となってしまっている私のことですから、月曜日免許失効火曜日即再取得などという殊勝なことは絶対にあり得ません(威張るな!)。結局なんだかんだと理由をつけて再取得に行かず、1ヶ月近くがたってしまいました。

そもそも私が楽天ブックスで本を購入し、それを近所のコンビニで受け取ることにせずにわざわざ清水に取りに行くことになったのには理由があります。その1はその本がさくらももこの書いたマンガであるということ、これは私の「こだわり」でして、さくらももこが書いたものはよほどのことがない限り、たまにしか行かない清水で購入することにしているのです。いつもならば観光旅行・観戦旅行のついでに購入することにしています。しかし今回は純粋な買い物旅行として清水に買い物に行くことにしました。その2は6月30日期限の楽天市場期間限定ポイントを少し抱えており、それを期限内に消費するために楽天ブックスで購入することにしました。その3はこの楽天ブックスコンビニ受け取りの期限が昨日でしたので、急いで取りに行かなければいけないことでした。

こういうことで出無精、いや牢屋の管理人たる母にいわせると(趣味のサークルでも放言しまくっているということです)引きこもりの私が急きょ清水に観光でない買い物旅行に出ることになりました。最も毎週火・木・土曜日は近所の某大学オープンカレッジ(中国語に関しては「孔子学院」)に通っていた(しかし週3日もオープンカレッジに行っている人間が引きこもりなのですかねぇ)のでいつかは外出するのですが、それを8時間前倒ししてオープンカレッジ会場ではなく、清水のコンビニに先に行くことにしました。もちろんオープンカレッジにも出席するつもりなので、その開講時間に合わせてこちらに戻ってくることにして、清水に向けて出発しました。

出発して約3時間半で清水駅に到着、そこから路線バスに乗って目的のコンビニの最寄り(正確には2番目に近い)停留所へ行くバスに乗りました。ところで清水を含む静岡市内の路線バスを統括するしずてつジャストラインは、関西地区の私鉄用(もちろんJR西日本にも使える)ICカード・PiTaPaが使用可能なのです。そう、関西地区は先々月「観光旅行でない」旅行と称して、実際には半分好き放題に旅行に行ったではありませんか!その時にスルッとKANSAIではなく、PiTaPaを買っておけば、と後悔したのですが、後で新清水駅の発券センターの案内を見たところ、現状は定期券しか発行していないということのようですし、今Wikipediaで調べたところ、PiTaPaはポストペイ型ですので、クレジットカードの同時契約が必要で、よってPiTaPaを買うめはなかったようです。もちろん静岡は首都圏ではなく東海地方なので、バス共通カードは使うことができません(最も首都圏の千葉県市原市を走る小湊鐵道バスも使えないのですが)。やむなく久しぶりに現金でバスに乗ることになりました。

コンビニで本を受け取ることは慣れていますので簡単に終えました。ここからは帰りということになりますけれども、受け取った本のうち1冊はマンガの第1巻で、この本を楽天ブックスに注文した次の日に第2巻が発売されたので、どこでもいいから清水の本屋で第2巻を買わなければいけないということで、清水の本屋といえば「ここ」の戸田書店清水本店に足を運びました。幸い本はすぐに見つかって無事に買うことができました。その後は昼食を取らなければいけません。幸い清水湊には河岸の市という土産物屋兼イートイン食堂の集まりがあります。休日は水曜日でしたので、木曜日に行った私は無事に入ることができました。最初は「みやもと」で食べようかと思っていましたが、しかしここで食べると夏目漱石1枚以上は飛んでいくことがわかり、やむなく丼物が安く食べられる「海のギャラリーのっけ家」でづけ丼withみそ汁を食することにしました(仕方がないので、「みやもと」は友人家族と清水に遊びに来た時に取っておこう)。

食後は外に出て駅前銀座経由で清水駅にたどり着きました。ところで駅前銀座は現在の地方都市にありがちなシャッター商店街で多くの店がシャッターを下ろしています。しかしけなげに営業している店の中にはおもちゃ屋が3軒くらいあったと観測され、「こんなに昔ながらのおもちゃ屋があったものなのか」と驚いたものでした。

ところで当初予定では清水駅を15時35分に出発し、3回乗り継いで目的の大学がある駅には18時39分に到着する予定を組んでいましたところ、清水駅に予定の30分前に到着し、時間のつぶしように困り(駅前銀座に昔風の喫茶店が2・3件とマクドナルドが1軒あるのみなのです)、少しだけマクドナルドで時間をつぶし、後は清水駅を予定の電車より1本早い電車で出ていくことにしました。清水買い物旅行記はこれで終わりです。

ところで3年前の5月28日の記事で「清水区は遠いか」というのがありましたが、引きこもりの私でもその気になれば、3時間電車に揺られて清水に行くことに抵抗を感じないわけですから、やる気の問題ですかね、遠いか否かという問題は。

なお関西旅行の時はあまり行かないところへ行ったので、写真をパチパチ撮りましたが、今回は戸籍上のとはいえ故郷清水に帰省したようなものなので、写真を撮る場所に困りまして、その結果、この記事には写真はなしです。

付け加えておきますと、どのように清水から目的の大学がある駅に行ったかといいますと、清水→熱海と熱海→小田原間は予定より1本早い電車で行き、小田原駅ビルのエクセルシオールカフェで時間をつぶして、小田原から先は当初計画通りの電車で行きました。

2008年7月 1日 (火)

観光でない旅行のお話(3)

前回はついに原稿用紙10枚分を超えてしまいました。そんなに冗長になるほどの内容ではないのですが、このブログで初めて原稿用紙10枚分打ってしまいました。今日は「東福寺の変」にまつわる話を書くことになるので、もっと長くなる可能性もありまして、ご観客には申し訳ないのですが、どうか最後までおつきあいください。

今日は学会2日目です。比重としてはそちらをメインにするべきですが、ここでは原則として学会の内容については書かないことにしているので、まずは学会に関するサイドストーリーから記すことにします。

学会2日目は朝の9時半から始まることになっており、阪急大宮駅からだと、1時間くらい掛かることになるので、8時半には遅くともホテルを出なければいけないのにもかかわらず、起床が8時過ぎになってしまい、しかもホテル東横インは朝食として、おにぎりとみそ汁を提供するサービスがあり、その朝食をゆっくり取っていたため、ホテルを出たのが9時過ぎになり、どうがんばっても10時過ぎにならないと目的の大学には到着できなくなり、この日は学会のスケジュールでは研究発表とシンポジウムになっており、研究発表の1限には、この学会で親しくさせていただいている先生の研究発表があったにもかかわらず、それを聞き損ねてしまいました。なお、国際会館の駅から大学を通るバスは1時間に3本しかなく、バスを待っていたら本当に1限をまるまる聞き損ねてしまうと危ぶんだ私は、仕方なくタクシーで大学入口まで行くことにしました。結局ここでも余計な散在をすることになりました。

さて、学会会場ではこの大学における学生新聞の編集部に所属する子たちが研究発表会場に陣取っていました。男一人女一人の2名体制でした。研究発表の合間に話を聞くと、女の子の方が先輩のようで、カメラで撮影しつつ記事も書いていた模様です。この女の子には後の空き時間に学籍番号を聞くことに成功しました。なぜ学籍番号なのかというと、結論から先に言えばメル通希望なのですが、少しガードが堅くて、パソコンのメアドもケータイのメアドも教えてくれなかったのですが、私にはこの大学の学生とメル通していた時期があり、学籍番号を知れば、@以降のアドレスは知ることができる立場にあったので、これでメル通ができると、当時はほくそ笑んでいました。残念ながら、こちらからはそれでメールを送ったのですが、1ヶ月以上たった今日も未だ返事は帰ってこずの状態です。きちんと「コンピュータールームに行くように」と念を押しておくべきでした。

昼食は仕出し弁当。なぜかというと、京都で最もへき地にあるこの大学には周囲に食事できるところがなく、大学食堂も日曜日ということで休日でしたので、この学会の大会に出席を申し込む際に仕出し弁当を予約するか否かをあらかじめ申し込んでおくことになっていたからです。メニューは何の工夫もない幕の内弁当で、当然冷めていたのでおいしいということもなく、ただ栄養補給に食していたのが実情です。

それで大会も終わり、以前から親しくしていただいている地政学者(の卵)の著書にサインをいただいて、なぜか学会スタッフからバスの半額割引券をいただき、会場を後にして、なじみの外国語学部棟に立ち寄りました。初めて来たのに「なじみの」とはどういうわけかというと、8~10年前にここの学生とメル通していたのは、一人を除いてみんな外国語学部生だったのでした。そして日曜日にもかかわらず休憩所が開いていたので、そこでひと休みして当時を懐かしみつつジュースを飲みました。帰りすがらこの大学っぽい写真を撮ってみましたので、ご覧ください。Country Saggitarius

(写真左、大学敷地から遠景住宅地を眺める。

写真右、この大学の象徴である射手座を掘ったモチーフ)

そして大学下のバスターミナルから国際会館の駅に向かって、そこから京都市営地下鉄竹田の駅まで行く途中の京都駅でその地政学者たちとも別れて、これからが私の「旅」の本番が始まります。そう、8年前の「東福寺の変」に心の決着を着ける旅です。

ここでそもそも「東福寺の変」について説明が必要でしょう。これは2000年11月23日に、以前からのメル友である(ちなみに前日とこの日、学会の大会を開催した大学の学生であった)Sさんとオフで会えることになり、時期が時期なので紅葉狩りをしようかなと企画して、それなら名所である京都洛南の東福寺に行こうという計画を立てて行ったのはよかったのですが、8年前は紅葉の時期がいつもより早く、いつもならば赤と黄色に染まっているはずの裏山の木がほとんど枯れていたことをメインに、大阪でいろいろなへまをやって、結局その子に嫌われてしまった事件を指していう表現です。

それなら何をしようかというと、彼女が当時住んでいたらしい学園前駅(近鉄奈良線)に行って、そこからバスに乗り、町並みを見渡すという計画でした。

まずは竹田の駅で近鉄に乗り換えて、大和西大寺の駅を目指すことにしました。そこに行かないと、近鉄奈良線の難波方面の駅には行けないので、とにかくそれを優先する必要がありました。竹田の駅で急行電車を待っていると、黄色い車体の特急電車が現れた。最初はいつもの量産型かなと思って近づくのを見ていたら、近づいてみたら伊勢志摩ライナーであった。これを見て、竹田まで来ないで京都で近鉄に乗り換えていたら。この特急に乗れただろうにと後悔しましたが(この辺が鉄ちゃんっぽい)、情報がなかった以上は仕方がない。次に来た急行はいつもの近鉄奈良行きではなく、天理行きであった。天理といえば「東福寺の変」当日、近鉄奈良駅前を通る高速バスが軒並み満席でしたので、仕方なく天理経由御所行きの高速バスに乗って天理で降り、そこから近鉄京阪奈方面の「トレーダー分岐点」である大和西大寺に出て彼女と落ち合うことにしていた、因縁の駅です(そうすると大和西大寺もそうか)。まぁ大和西大寺に行くにはどちらでも一緒ですので、天理行きに乗り、高の原を過ぎると、左手に平城高校(後で詳しく説明します)を見て、あることないこと考えて、高の原の次が大和西大寺でしたので、そこで降りました。もっともこの駅は慣れないと何番線に行けばどこ方向に行けるのかがわからない、観光客泣かせの駅なのです。私もその例に漏れず迷い、多分一本は損しているはずでした。Saidaiji1

(写真、大和西大寺駅風景)

とりあえず気を取り直して、次に来た各駅停車(準急か区間準急だったかもしれませんが)に乗って、目的の学園前駅にたどり着きました。Gakuenmae

(写真、学園前駅構内風景)




予定の行動では、ひと休みを取った後、ここから学研奈良登美ヶ丘駅までのバスに乗って、近鉄けいはんな線→生駒→近鉄奈良線→近鉄奈良駅に行こうとしていましたが、すでに時間は夕方の6時半、この日は曇っていましたので、余計に暗く感じました。そこでバス旅行はあきらめて、学園前駅のカフェでひと休みしようと考え、北口周辺で探しましたが、適当な店はなく、例の帝塚山学園のある南口に出てみました。こちらは町としては北口周辺ほど繁栄はしていませんでしたが、うまい具合にスタバがありました。多分、ここの学生・生徒目当てに出店したのでしょう。そこで30分くらい休憩を取り
(その前に南口バスターミナルから近鉄奈良行きの路線バスがあることを知り、もしスルッとKANSAIが使えれば、それに乗って行こうと思いましたところ、奈良交通のバスはスルッとKANSAIを使えないということがわかりました)、7時少し過ぎに再度改札の中に入りました。にドトールがあるのを見ていたので、そこで休憩し直しを図りましたが、同店舗は日曜日は7時で閉店ということで、また甘い考えに水を差され、おとなしく近鉄奈良に行くことにしました。ところで近鉄奈良に行くに当たって、学園前の駅で急行電車を待っていたわけですが、これがかの有名な(もちろん鉄ちゃんの間に限りますが)L/Cカーに乗ることができました。車内写真を撮っておきましたので、ご覧ください。最も現在では関東地方でも東武東上線で東上ライナーとして使用される車両がこのL/Cカーと同じいす配列をしており、まぁ近鉄では特にL/Cカーに乗るに当たって特別料金を取らないことが東上ライナーと違うことでしょうかね。Lccar1 Lccar2

(写真右左、L/Cカー内部風景)



なお、当時の記録に残しておいた近鉄学園前駅前の様子は以下の通りでした。
「北口は駅前から一本道が伸びているという印象をGoogle Mapで勝手に抱いていたが、一本道は線路の南北を貫いて走っていて、北口を出たときの第一印象は、バスターミナルがあって、そこをひっきりなしにバスが出入りしていたものであった。もう一つの先入観は一本道の左右に銀行がずらりと並んでいるといったものであったが、駅前にバスターミナルが広がっている関係で、出口を軸に扇状に銀行の支店やショッピングセンターが広がっていた。帝塚山学園への興味から南口にも行ってみたら、確かに学園が正面に広がってたが、そこにも北口よりは小さめだがバスターミナルがあり、一部のバスは近鉄奈良駅まで走らせている。そして北口のようなショッピングセンターとまではいえないものの、スタバや本屋があり、時間をつぶすことができた。」

まぁ彼女の実家が北口か南口かわからないので、どちらのイメージを残しておけばいいのかわかりません。しかし、まぁとにかく近鉄学園前駅前の南北に行けたということで、満足にではありません(バスで町並みを見損ねたために)が、心の中で納得して決着を着けることができたと思います。

なぜ奈良に行くのに時間をつぶす必要があったかというと、帰りの夜行バスが近鉄奈良駅前午後10時55分であることと、奈良に来たもう一つの目的を果たすためにあまり早く奈良に行くとタイムスケジュールが崩れる危惧があったのです。奈良での別の目的とは、私がほぼ毎日見ているテレビ番組“saku saku”のMCである中村優ゆかりの場所を見ることでした。実は先ほど高の原駅のすぐ先で紹介した高校は彼女の卒業校なのでした。だから原案では高の原駅で降りて少しぶらぶらしようか、という計画もあったのですが、時間の関係でオミットしたわけです。

その近鉄奈良駅そばの中村優ゆかりの場所とは、彼女が高校生時代に半年ほど働いていたレストラン「ザ・サブライム」です。そこは10時閉店、オーダーストップ9時で、先ほど高速バスの時間を説明したようになるべくならで時間をつぶさねばならない私としましてはだいたいオーダーストップ30分前に入店して、いろいろ注文して、なるべく10時直前に店を出たかったわけです。それが8時少し過ぎにはもういるところがなくなって、仕方なくこの店に入ったわけです。どうもメニューを見ると、パスタとピッツァとハンバーグしか食べるものは置いていなくて、飲み物もアルコール系がメインのようでして、本当に高校生が働いていた店なのかと感じました。しかし、入店早々入口から見えるところに先ほどのテレビ番組のポスターと、彼女のデビュー作品である花園の高校ラグビーのポスターがはってあり、間違いなくここが例の店だと感じさせました。

先ほどのようなメニューでしたので、本場イタリアではどちらもファーストプレートであるパスタとピッツァをファーストプレートとメインディッシュに例えて注文しました。で、オーダーストップ間際にオレンジジュースを注文し、それで時間をつぶそうと企てました。7割方は成功しましたが、閉店間際までは店にいることができませんでした。念のために店の看板を撮影しましたが、TV番組内で連呼されていた「サプライム」ではなく、サブライムと書かれていることが写真をクリックして拡大してみるとわかります。Sublime

(写真、ザ・サブライムの証拠写真)




さらに時間つぶしのためにマクド(私は関東在住ですから普通はマックと言いますが)に入り、それでも10分くらいしか持たなかったので、あきらめて夜間高速バスの待合所に行ってバス待ちをすることにしました。

22時55分、念願の横浜行きが来ました。バスに乗って席に着くと、いつもの聞き慣れたバスの案内テープの声が聞こえてきました。紛れもなく地元バス会社のものです。ここで奈良にいながらすでに座敷牢に戻った気がしました。

ところでバスの中では行きの2列シートではなく、独立型のシートで、乗り心地も快適であるにもかかわらず、なぜか全く寝付くことができませんでした。仕方なく、ケータイの地図ソフトで今走っている場所を調べてみたりもしましたが、電源が足りなくて、伊勢湾岸自動車道の長島サービスエリアまでしかトレースすることができませんでした。最もずっと起きていたので、故郷・清水を通過した瞬間は確かにとらえることができました。その前もその後も退屈しのぎに車内を歩き回っていました。独立型のシートじゃないとこういうまねはできない。で、朝になり、東名高速も神奈川県内に入ると、そろそろ最初の停車駅の本厚木駅に着きます。ここで降りるとほかのバス停で降りるより安いので、結構ここで降りる人はいます。私もそうすればよかったかもしれません。それからいくつかの停車駅を過ぎて、私の座敷牢がある町のバスターミナルに到着し、この旅行は無事に終わりました。

結論づけると、いろいろな人と出会い、いろいろな場所に行き、いろいろな考え方に接し、いろいろな本を買ったわけでして、それはそれで楽しかったです。しかし途中でさまざまな時間つぶし策をろうしておきながら、なぜか時間が足りなかった印象が濃厚な3日間でした。特に今日の記事で記した旅の2日目は高の原駅と学園前駅に行き、その上で道頓堀の「くいだおれの店」(今月上旬に閉店するということで)に寄りたかったという非常にぜいたくなプランを練っていたわけですが、学会が終わるのが午後の4時という、学会会場が京都市街の外れであることを考えると、絶望的なプランであったことは認めざるを得ませんでした。しかし、8年間くすぶっていた「東福寺の変」の心的もやもやが解消できただけでもよかったのではないでしょうか。

2008年6月 3日 (火)

観光でない旅行の話(2)

さて、先日の予告通り、私の関西旅行の話を始めます。先日投稿した文章はあまりに冗長で読みづらいと感じる方が多かったのではないでしょうか。別に昭和冗長体を受け継ごうかとかそういう意図ではありませんが、過去の文章にあるように、何とか原稿用紙10枚の記事を書けないかと志向していたわけです。実際には原稿用紙6枚程度に収まったわけですが、それでも久しぶりの執筆というわけで、文章にしまりがなかったのは否めません。

それでは本題に入ります。旅の始まりは16日金曜日の夜でした。もっともその前に旅行の準備というものがありまして、持っていく荷物をビジネスバッグ(私は常に短期の旅行にはビジネスバッグを用いています)に詰め込む作業が必要なわけで、持っていく荷物は決まっているものですから、朝から始めればいいものを、何事にも期限直前まで動こうとしない私の性分と、手配したバスのチケットを駅前に出て旅行代理店に取りに行くための時間を割かなければならなかった必要で、出発2時間前にようやく荷物をまとめ始めました。必要な荷物をまとめてバッグに入れるだけならば大して時間が掛けりません。しかし、いろいろとチンタラして作業をした結果、新宿駅西口の高速バスターミナルに21時に到着するためには、私の最寄り駅を20時10分に発車する急行電車に乗らなければいけなく、そのためには最寄りのバス停を19時44分に通るバスに乗らなければならないにもかかわらず、作業終了想定時間はそれを過ぎてしまうことが明らかになり、仕方がないのでタクシーを呼び、駅に向かうことに決めました。急行電車に乗れなければ、別料金を払って特急電車に乗ることも覚悟していましたところ、タクシーはすぐに来てくれて、乗って10分程度で駅に着きました。そのための1600円(路線バスなら230円)は痛かったものの、背に腹は代えられないというのが現実なのと、どうせ新宿から乗る夜行高速バスは安価な(といっても最近雨後の竹の子のごとく乱立している観光バスでツアーという形で売っているものよりは高いのですが)タイプなので、その分ましだろうと心を切り替えました。

急行電車で新宿に向かい、電車から高速バスに乗り換える間にこまごまとした買い物を済ませ、時間が近づいたところでバスターミナルに行き、数分して予定のバスが来ました。私は荷物を肌身から離して荷物室に預けるというのが嫌なたちなので、重くてかさばる荷物でしたがそのまま持って乗り込みました。数分して隣の席に座る人が現れまして、その風姿が頭は丸刈りで鼻にピアスをつけていた、このバスが大阪行きであることを考えると、もしかしてその筋の人ではないかと思われるタイプの人でした。こういう方を刺激すると何が起こるかわからないと不安になり、心配になりました。時間が過ぎてバスは発車、一路大阪へ向かいます。

バスのルートは首都高速4号線→中央自動車道→名神高速道路→阪神高速と通り、大阪市内のバス停3カ所(東梅田・なんば・あべの橋)に向かいます。名神高速道路は集中工事のため、バスの大阪到着時刻に大幅な遅れが出ることも予想され、バスの乗務員もそのようにアナウンスしました。最初の2時間はバスの窓はカーテンが閉められているものの、明かりは照らされており、普通の人は寝ることもままなりません。そしてバスの中ではできることがほとんどないので、照明がついている間は持参した本を読むことにしました。

そうして2時間が経過し、休憩停車の中央自動車道双葉サービスエリアに到着しました。私は起きている間は常に水分が必要な体質なので、ペットボトルの飲み物を数本購入しておきました。

休憩停車が終わって中央道に戻るとバスの中は消灯されます。もちろん読書灯という客が点灯消灯可能な弱い明かりはありますが、先にも触れたとおり、相席の客が○○○風の人でしたので、読書灯をつけて本を読むなどというバクチはする勇気もありません。それにそれなりに睡魔が襲ってきましたので、席に用意されている毛布を自らの体に掛けて寝ることにしました。zzz......

といって、起きてみたら大阪だったというのなら苦労はないのですが、時計の針を見てみるとそれよりかなり前に起きてしまったみたいで、二度寝も考えましたが、4時半ではそれも難しいと判断し、仕方なく起きて無為に座っていることにしました。

ところで懸念されていた名神高速道路の集中工事による遅れですが、実際にはその影響は全くなく、6時過ぎには阪神高速に入りました。最初の停車場所である東梅田には、時刻表では6時49分着と書いてありますが、6時半前には到着してしまいました。私の当初目的のなんばOCAT(実際にはJR難波駅と同一場所)の到着予定時刻は7時4分の予定でしたが、これも20分くらい早着で、6時45分に到着しました。

まぁ早着なら問題ないということで、なんばOCATを地上階から出て、なんばの場末で吉野家とか松屋のようなご飯食系の24時間営業をしている店を探しました。実はこれは4年前にやはり観光目的でない旅行で大阪に来たときに同じバスに乗って同じなんばで降りてから地下街で朝食を探したものの、店がほとんど開いておらず、仕方なく1件だけ開いていた喫茶店で朝食を食すことになった反省です。そうすると最初に目に映ったのは「横浜すき家」でした。理由はないのですが、なんだかこの店はあまり好きではなく、関東だったらまず入らなかったでしょう(といいますか、首都圏では先に吉野家とか松屋の方が先に見つかっていたと思います)。しかし、最初に見つかった関東ではよく見かける店ということでここで朝食を食べることとし、入りました。15分で朝食を終えて、それからなんばの地下街に入り、近鉄難波駅を探すことにしました。まぁ○○難波駅というのはそれぞれ離れていて、全く土地勘がなければ難儀していたのでしょうが、この旅行の前にネット地図でなんば一帯を見ておいたので、何となくわかって問題なく近鉄難波駅に到着しました。

あんた京都行くゆうたのに、何で近鉄の駅なんか探すねん、とのツッコミが入りそうですが、当初目的に掲げてあった学会参加は大目的とはいえ、開始が京都で一番山の中にある大学に13時半ということで(ほなら京都行きなはれ、と言われそうですが)、7時半前になんばにいて京都に直行するのも難ですから、空き時間で近鉄奈良駅前一帯を小観光しようということで、近鉄奈良線の始発駅・近鉄難波駅に行ったわけです。ところで自動券売機で切符を買おうとして気づいたのが近鉄の運賃の高さ!難波→奈良間は首都圏に直すと小田急線・新宿→相模大野間、東武東上線・池袋→川越間に相当するのですが、首都圏の前者が360円、後者でも450円。これに対して近鉄の方は540円!ちなみに今調べたところ、JR難波→奈良間も(距離が10キロ以上長いにもかかわらず)同じ540円……。しかし奈良というところは(関西ジモティには常識なのでしょうが)いろいろないきさつがあって、繁華街も観光地も近鉄奈良駅が便利なようにできている町なので、選択の余地もなく近鉄に乗ることにしました。

で、近鉄電車に乗りましたところ、近鉄難波→鶴橋間で徐々に乗客が乗ってきて、鶴橋で満席になり、見てみると別に大阪だからということは全然ありませんでしょうが、私の反対側のロングシートに座っている7人(内訳:女子中学生らしい女の子6人・私とほぼ同じ年格好のサラリーマン1人)が全員メガネを掛けていたのです。思わず持参しているデジカメで撮ってしまおうかと思ったのですが、プライバシーうんぬんの問題と普通のカメラで横幅7人を一斉に写真に納めるのは無理だと思ってあきらめました。そして、その女子中学生たちは学園前駅で降りて行ってしまいました。「そういえば、私立の学校(すべてではない)にとっては土曜日は休日ではないのだな」と納得し(学園前というからには学校があり、この学園前駅には帝塚山学園があります)、後はがら空きになった電車に乗って近鉄奈良に向かいました。

Shikaotoko 奈良に来て見たいと思ったのは、TVドラマ『鹿男あをによし』に出てきそうなシカの群れで、彼ら(彼女ら?)に鹿せんべいを振る舞うことも忘れてはなりません。猿沢池を通り過ぎて坂道を上ると奈良公園の敷地の中です。少し奥の方に行ってみるとシカが三々五々いました。脇には売店があって、鹿せんべいを売っていたので1セット買いました。すると寄ってくるわ寄ってくるわシカたちが。早速鹿せんべいを連中に食わせてやりました。それでもって最後の1枚はドラマの中に出てきた「鹿せんべい、そんなにうまいか」を実践すべく試食してみました。やはり人間が食べるものではないので、基本的に味付けがされていませんでした。玉木宏は本当にあの鹿せんべいを食べたのでしょうか。ロケ用に人間が食べるせんべいを混ぜておいて、それを食べたのではないのか、という疑問が浮かんできました。まぁ1枚くらいなら我慢して食えないこともないのですが……。Stag0006

Stag0005

Hind

奈良公園でシカと戯れていると中途半端に時間がたち、より時間があれば東大寺の大仏殿を見に行ったりとか、国立博物館を観覧するということもできました。しかし、京都の学会に遅刻せずに行くには、10時56分の近鉄奈良発京都市営地下鉄烏丸線直通急行国際会館行きに乗らなければならないというのが、私が座敷牢のインターネットと『駅すぱあと』で調べた結果でしたので、それらの奈良らしい観光施設に後ろ髪を引かれつつ、近鉄奈良駅に戻りました。近鉄の運賃が高いことに業を煮やして、今度は「スルッとKANSAI」の3000円分を買って、2日間の交通費に充てることにしました。「スルッとKANSAI」を自動改札に通して、地下のホームに降りると、見慣れた近鉄の小豆色とアイボリーのツートンカラーの車両ではなく、京都市営地下鉄のステンレスに緑色の車両が止まっていました。それに乗り、時間通りに出発すると、竹田までの40分間は急行運転していたので、スイスイと進んでいたのが、地下鉄に入ると各駅停車になるので、残りの約30分間はのろのろと京都市を南から北へ縦断していました。それでも定刻通りに国際会館駅に到着し、地下駅から地上のバスターミナルに登ると、小さいバスターミナルなのですが、初めての場所なので幾分まごつきました。それで12時18分発の、学会が開催される大学を通るバスに乗ることができ、30分過ぎに順調に到着しました。なお、私が乗ったバスは「京都バス」というベタな名前の路線バスですが、このバスは京都市の北の方、大原の里などに行くときに使うバスで、ここのバスは先ほど買っておいた「スルッとKANSAI」で乗ることができます。多分、京都市バスなどでも使えるのではないかと推測されますが、このときの関西行きでは路線バスは京都バス以外には乗っていませんので、あくまでも推測の域を出ません。

さて、目的の大学に着いたのはいいのですが、この大学は文理8学部18学科の総合大学でありながら、東京でも京都でもよくあるタイプの1・2年と3・4年でキャンパスを別にすることなく、全学部全学科全年次同一キャンパスで済ませるという、非常に珍しいところで、とにかくキャンパスが広いこと広いこと……。おまけに学会会場がその敷地の中でバスターミナルから一番遠いところに設定されているので、歩け歩け大会になってしまい、結構会場にたどり着くまでは時間が掛けりました。それでも歩くこと10分で会場に到着し、さらにその建物の最上階まで登ったところで講演や研究発表が行われるということで、受け付けもそちらとなっており、まぁ建物の中はエレベーターを使えるので問題はなかったのですが、前日の19時50分に座敷牢を仮釈放されてから17時間ほどしてようやく目的地に到着したわけです。

その学会が何の学問の学会なのか、そこで何が行われたのかはこのブログではメインテーマではありませんので、深く掘り下げることはしません。ただ、元静岡県立大学教授で今は京都大学に収まっている中西輝政教授と、民主党の元代表であった前原誠司氏の両氏による講演が土曜日のメインメニューでした。Profnakanishi

(写真:京都大学大学院教授・中西輝政氏)

その講演の後、学会会員による懇親会が行われ、皆様話が弾んで、あちこちで名刺の交換をしていたようですが、私はどこの誰にどのような話を持ちかけて名刺を交換すればいいのか不安だった(のと、名刺の残り枚数が少なかった)ので、前日見た“saku saku”の週末占いでは「積極的に動くべし」と出ていたにもかかわらず、少し引っ込み思案になっていた感じでした。

Dusk

(写真:会場となった大学から。懇親会終えて日が暮れて……)

土曜日の日程が終了し、会場から宿泊先のビジネスホテルまで行くのですが、いい場所のホテルが取れず、地下鉄烏丸線四条駅で阪急電車に乗り換えて一駅の阪急大宮駅(太秦や嵐山に行く京福電車の乗換駅があるところです)まで行ってようやく投宿することができました。はっきり言ってしまうとそのビジネスホテルは「東横イン」という、数年前に身障者用施設をおざなりにして世論の非難を浴び、静岡駅そばに建設予定であった同ホテルの建設予定がキャンセルされたという、いわく付きのホテルです。さすがにあのときにマスコミなどから叩かれたものだから、今は身障者用の準備も準備万端ですよとアピールしているのが印象的でした。このホテルの売りは(もっとも今ではビジネスホテルクラスでもチェーン店なら常識ですが)パソコン用LAN回線が自由に使えることで、私もパソコンを持ち込んでホテルでネットサーフィンをしようと画策したのですが、懇親会で食べ過ぎて眠くなったようですので、パソコンは重さ約3キロの重りとしてしかこの関西行きでは役目を果たさなかったことになります。そして12時前くらいにシャワーも浴びずに寝てしまいました。

明日は学会大会の2日目がメインですが、大会終了後はいよいよ8年前の「東福寺の変」に決着をつけたのか、どのようにしたのかがこのブログではメインテーマとなるでしょう。

2008年5月19日 (月)

観光でない旅行のお話(1)

ここしばらく、ブログにアップしてこなかったのは、ひたすら私の怠惰の故です。正確には一度継続という習慣を失ったブログ記事の更新には非常に大きな力を必要とし、今まで数度に亘って試みたものの、「非常に大きな力」ではなかったが故に、「継続という習慣」化することに失敗しました。果たして今回はその「非常に大きな力」を発揮できるのでしょうか。

もとより、あまりアクセスされるブログでもありません(しかし、全く更新していないブログを、1日に数人がアクセスしていることは不思議でして、そのような読者の方々をちゃかすようで申し訳ありませんが、更新されないという偉大なるマンネリを楽しんでいらっしゃるのではないかと愚考してしまいます)から、アップがあろうがなかろうが関係ないようなものですが、一応公共空間に私的意見を一度でもさらした以上、継続する義務はあるでしょう。

というわけで、久しぶりにブログを再開します。パソコンの前に座るとパソコンで何か作業をするわけでもないのに、両足に根っこが生えたかのように動くことをいとう私が、この土日に何と4年ぶりに関西に行ってしまいました。というのは私が所属している学会(だからといって、私は大学院で教育を受けた正規の学者ではありません。この学会は今のところ、日本学術振興会所属の正規の学会ではありませんので、単なる「学士様」でも加入できるのです)の大会が6年目にして初めて開催地を東京から離れて、京都で開催されることになり、それに参加するためですが、心に秘めた目的は8年前の11月23日に起こした、自称「東福寺の変」の心の整理をつけること、フジテレビ系列で今年1月から3月まで放送されたドラマ『鹿男あをによし』で一躍クローズアップされた奈良公園のシカを見に行き、ドラマをごらんになった方ならばご存じの落書き「鹿せんべい、そんなにうまいか」でおなじみの鹿せんべいをシカにやりつつ自分も1枚食すること、以前遠隔講義でお世話になった帝塚山学園(ただし経済学部のある東生駒ではなく、学園本部のある近鉄・学園前の方)を拝見することと、私がちょうど3年前から見ている音楽情報(バラエティー)番組のテレビ神奈川などで放送されている『saku saku』MC中村優のゆかりある場所を訪れることであまりに盛りだくさんとなり、本当に完遂できるのかどうかわからないものです(タイトルには「観光でない」旅行のお話、とあるのに、実は観光旅行のつもりだったようだな、これじゃ)。

まずは旅の準備です。学会の大会が京都で開催されることは2月にすでにアナウンスされており、あれこれと東京⇔京都の交通手段を考えていましたが、考えるだけで実行しようとしない私の悪癖がここでも発揮されてしまい、気がつくと学会を開催する週の月曜日になってしまいました。ここで地元のJTBに向かい、高速バスの手配をお願いしようとしましたが、行った時間が悪く、JR系列以外のバス会社は午後6時で予約・発券を終了するということで、当初予定していた新宿→なんばの安価な高速バスを予約できませんでした。仕方なくJR高速バスで東京駅→梅田間の安価な高速バスに切り替えようとしたのですが、名神高速道路の集中工事とやらで、今の時期は運休とのこと。そこでJR夜間高速バスの東京駅・新宿→梅田の座席を探させましたが、時すでに遅く、どの便もすべて満席でした。そこでしょうがないので、JR東海ツアーズが企画・発売している「ぷらっとこだまエコノミープラン」新横浜→京都の朝1の便を頼んでみましたが、これも機を失してしまい、満席とのことでした。結局月曜日はチケットをとれずにむなしく座敷牢に収容されることになりました。それならということで、火曜日の朝のうちに自分で高速バスの予約センターに電話を掛けて、席を確保しようとしました。往路の新宿→なんばはかろうじて手配できましたが、復路のなんば→新宿の確保に失敗、新たなルートを探さなければならなくなりました。結局選んだのは近鉄奈良→地元のバスセンターを通る、値の張る高速バスと決めました。これは十分席が空いており、難なく確保に成功。これで金曜日の21時10分新宿西口~今日の朝5時55分地元のバスセンターまでの全プランを立てることができました。そのキップは金曜日にギリギリ発券してもらい、事なきを得ました。なお、土曜日の夜に投宿するホテルに関しては4月中に確保しており、こちらの方は(場所に多少の問題がありましたが)難なく確保。いよいよ旅の始まりです。

旅の前に当たって、金曜日の朝、『saku saku』を見ていたところ、金曜日恒例の週末星占いランキングのコーナーが出たのですが、私の誕生日が属する牡牛座は何と第1位!そしてコメントには「積極的に動こう」といった意味のことが書かれていました。私は本来、星占いなどは全く信じないたちなのですが、ここの星占いで最下位の時に会津喜多方経由山形県置賜地方ドライブ旅行を強行したところ、最後の難関である会津盆地と置賜地方を結ぶ国道121号線大峠付近で交通事故(まぁ自損事故ではありましたが)を起こしてしまい、車は自走不可能な状態になって、山形に投宿するはずが喜多方で足止めを食ってしまいました。目的地の置賜地方には、次の日の朝1番の電車&新幹線で行って、帰りは米沢から山形新幹線で帰京しました。もちろん帰宅後は両親の前で土下座でした。そのほかにもいろいろとエピソードがあるのですが、血液型占いなどを全く信じない(というか、私は自分の血液型を知らないし、世界的に見て、血液型占いが世の中に流布しているのは日本と韓国だけという話をどこかで読んだことがあります)私がこれだけは真剣に信じて熱心に見ているのです。果たして今回の関西旅行は星占い通りにいくのでしょうか?続きは明日(本当に更新するだろうか?)のお楽しみ。

2005年12月 7日 (水)

静岡県浜松市の政令指定都市化に伴う区名に関して

 (記憶に間違いがなければ)今年の7月1日に浜松市本体・浜北市・天竜市・周智郡秋葉町・磐田郡水窪町・同佐久間町・引佐郡全郡・新居町をのぞく浜名郡全郡という超大合併をした静岡県浜松市の政令指定都市移行が今日のテーマです。これにより面積・人口の両面で静岡市を上回り、政令指定都市への道が開けることになりました。
 そこで早くも浜松市当局は政令指定都市移行後の区分けに着手、静岡市が各区約25万人弱で3区を設置したのに対して、浜松市は各区約10万人強で7区を設置する模様です。これに関する私の情報源はブログ「ぱる・さとのなんとなーくサッカー中心生活」12月6日付け記事のみなのですが、恐らく浜松市の公式ホームページを見れば、詳細に書かれている可能性もあるかと思います。
 そこでその7区の区名案を各区について5つ提示し、市民投票で決めることになることです。その7区の区名案とは、

A区 中央 中 浜中 浜松 曳馬

B区 南 遠州 遠州灘 遠州浜 灘

C区 東 笠井 長上 竜西 積志

D区 浜北 北 緑 みどり 麁玉(あらたま)

E区 浜名 西 湖東 浜名湖 浜西

F区 引佐 北 湖北 緑 西

G区 天竜 北遠 緑 秋葉 天竜川

だそうです。
 これを見れば、とりあえず静岡出身の私ならある程度はどのあたりになるのかはイメージできるのですが、自分のイメージを勝手に書いてそれが一人歩きしてはまずいので、A区~G区がそれぞれどこにあたるのかは書かないでおきます。
 私は浜松市民ではないので投票権はないのですが、A区~G区がこういう名前になったらいいな、というのありますのでここで披露しておきますと、

A区:中央区 B区:灘区 C区:東区 D区:浜北区 
E区:浜名区 F区:引佐区 G区:天竜区

となります。実はC区とG区はあまり自信がありません。C区については単純な名称よりほかの区と同じように何らかの歴史や区の場所に由来した名前のほうがいいのかな、と思うこともあり、G区についてはC区ほどではなく、これでもいいのかなと思いますが、それでも秋葉神社(今東京で話題のホットスポット、秋葉原という地名の由来はこの神社から来ています)を含むであろうこの区は頭の中で「天竜区<秋葉区」という感覚なのですが、天竜は旧天竜市、秋葉は旧秋葉町、となるとやはり天竜区かな、という気がします。果たして浜松市民の選択はいかに?

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