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2005年7月

2005年7月28日 (木)

【謹告】しばらくの間、ブログの執筆を休ませてください

 いつもこのブログを読みに来てくださって、ありがとうございます。

 いきなりで恐縮なのですが、しばらくの間、ブログをお休みさせていただくことにしました。何か重大な問題があったというわけではなく、あくまでも個人的な理由によるものです。ネット上の人間関係は難しいといいますが、私のミスによってある人間関係を暴走させてしまい、ほぼ修復不可能なまでに悪化させてしまいまして、ブログ書きを続けていいのだろうかと、気分が激しく落ち込んでいるので、しばらくブログを書く自信が持てません。人間関係とブログ書きとのバランスが取れる自信ができてから、再開したいと思います。

 メールはいつでも受け付けていますので、プロフィール欄からメールアドレスを探していただき、メール送信にてご連絡ください。

 いままでのご声援に感謝いたしますとともに、みなさんのご健勝をこころより祈念申し上げております。

2005年7月22日 (金)

ブログを書いて怒られた話

 さて、9日(実際には8日半)ぶりのブログ投稿ですが、その間に何があったのかといえば、辞書ソフトを買うために郵便局にお金を振り込み、新宿西口(というか西新宿という方が正確なのですが)にある行きつけの精神科に行ってホラを吹いてきて(だって学問をしたい話も翻訳をしたい話も簿記を勉強したい話もみんな私にとって現実味がないんですし、ブログを始めたといってもご覧のように1週間以上も何も書かないし……)、その帰りに自分専用の私設私書箱に行って、預けてあった郵便物とamazon.co.jpで買った本8冊を回収して、Yカメラでいくつかのソフトや部品を買っただけで、後は来る日も来る日も「アンチ・バベルの塔」の構築に突き進む日々でした。
 本来は海の日三連休にスペイン語の短期集中初級文法講座を受けるはずでしたが、受講希望者が集まらず、今回は見送りとなってしまい、あとは7月10日にうちに到着したダイナブックの春モデル「筆記本電脳(字体は違うけど、中国語ではノーパソをこう書くのです)」をセットアップして、それだけの日々でした。ついでにラジオ語学講座の中国語とスペイン語を聴いていました。
 会社に勤めていればまたいろいろあったのでしょうが、ニートには生活のバリエーションがなくてねぇ。しかしアンチ・バベルを始めたということは、早期の再就職をあきらめた、ということを意味しており、平均死亡年齢の観点からはあと20年は生きていそうだが、世の中の訃報(ふほう)を新聞で読んでいるとあした往生するかもわからないジジババに生活を支えてもらっているという情けない状態をいつまで続けるのかわからないという不安定な状態を続けることにつながります。このジジババが私がすねかじりなのをいいことに私のプライバシーにドカドカと入り込んでくるために郵便物をはじめとする私あての送付物がみんな連中に見られることを意味しています。
 不肖私めはそれに悩んでいたのですが、捨てる神あれば拾う神あり、先述の私設私書箱開設をはじめ、清水の友人にも郵便物の受け取りと再送付(私設私書箱あて)を泣いて口説いて了解してもらいました。ところが私の不摂生もあったのですが、この清水の友人(2人の子持ちで一家の大黒柱)が再送付してきた郵便物に「怒りの手紙」を混ぜてきたのです。どんな内容かというと、私信を勝手に公開していいのかどうか分かりませんが(たぶんいけないのだと思う)、かいつまんで見せると、

「親と和解する(70近い私のジジババが今更自分たちのポリシーを変えるとは思えない)かポストを2つにする(ポストを2つにしてもジジババは勝手に私専用のポストをのぞくんだけどなぁ)とかかんがえろ」
「私(清水の友人)も忙しいから郵便局に行ってる時間があまりとれない」「だいたいブログにあんなたくさん文書けるあんたになんでくそ忙しい私が転送してやってるのか疑問になってきたんだが……。」

ということです。後半、清水の友人が一家の大黒柱なのに私がニートで時間が有り余るほどある事を突かれると弱い。
 問題なのは、相手に向かって「新宿に送ってくれ」と頼める相手ならば構わないのですが、それができないところに対しては郵便物の転送で私設私書箱を指定することができないことです。郵便法44条だか48条だかで人が住んでいるところにしか郵便物の転送はできないと定められているらしく、新宿郵便局には言える限りの罵詈(ばり)雑言を投げつけたのですが(最も口べたの私のこと、大したことは言えませんでしたが)、それで事態が解決するわけでなし、もしこのまま清水の友人が怒ったままで転送の協力を拒否するようになったら、新しい解決策を考えなければいけません。
 現在考えている策は、できる限りやすいアパートを借りて電気・水道・ガスは引かないでおいて、単なるポスト代わりとしてそのアパートを利用するという案です。しかしそれで毎月3万円からの出費が発生するのは痛い……

 ここで広告。

 誰か有料で私の郵便物を引き受けてくれる方はいらっしゃいませんでしょうか。月に3千円から5千円は払いますから。当然、新宿の私設私書箱あての郵便物回送料は別払いにしますから。協力していただける方は、私あてにメール下さい。メールアドレスは、プロフィールの所にありますので、そこから送って下さい。

 私のブログの文章が長いのは、デジカメないしデジカメ内蔵携帯電話を持っていないこともさることながら、原稿用紙10枚の壁を破れないものか挑戦しているからなのですが、この壁がなかなか厚くて、だいたい7~8枚程度で終わってしまう。Sなる静高→東大出身で今は東京六大学の助教授をしている人が書いた本で、原稿用紙10枚分以上の文章を書くには最初にプロットが必要である、と書いてあって、プロットもどきを考えようとしたのですが、私にはその習慣が今までなかったので、これまで通りだらだらと書き連ねるだけで、やっぱり原稿用紙10枚の壁は越えられない。これで本当に小論文の試験を受けて大学院に行くつもりなのでしょうか。このあたりで今日のネタは尽きたのでこの辺で。

2005年7月13日 (水)

復習嫌い

 今、私は柄にもなく「アンチ・バベルの塔」というものを構築するという勉強をしています。このアイデアと実践はブロガーのk.y.様が作り上げたもので、私(や少数の追随者たち)はそれに乗っかっているだけです。
 このブログでも何度も紹介しましたし、ブログ「アンチ・バベルの塔」へのリンクも何度も張っているので、読者の中でお目にかかった人は少なくないでしょう。
 本来、この「アンチ・バベルの塔」は英単語の記憶数を飛躍的に増加させるために考え出されたものです。しかしポリグロット(他言語話者)志向のある私は、英単語数を飛躍的に増大させるよりも(それでも英単語数の目標は国内ではプロ級の一万二千語を目標としています)、いくつかの言語で語彙(ごい)数を一万弱にするのが目標です。

 問題は、この「アンチ・バベルの塔」のアイデアが、カードに辞書を写すのみではなく、それを絶えず繰って復習するというプロセスこそが命ということです。
 私の復習嫌いは突き抜けていて、どんな授業・講義でも、ノートをとっても、後からどんな授業・講義であったかを振り返ることはなく、せめてノートを見直すくらいのことはしても時間的に大してかからないというのに、授業・講義を聴いた(そして場合によってはノートをとった)だけで勉強を終えた気になってしまいます。おかげで集中講義で習ったフランス語・イタリア語文法については何も記憶に残っていないし、それらの言語を使いこなせるようにはなれませんでした。今NHKのラジオ講座で聞いているスペイン語、中国語にしても聴きっぱなしなので、頭の中に何も残りません(いや、せめて記憶のかけらくらいは残っているものだと思いたいですが)。本当は何かに録音して何度も聴いたり、ノートにとって記憶を定着化させる努力が必要なのでしょう。

 この復習嫌いについてk.y.様に相談したところ、

>これをお聞きしていささかびっくりしました。復習は、あらゆる勉強に欠かせないことですし、「アンチ・バベルの塔」にとってはまさに命綱ですよ。

と驚かれてしまいました。当然のことでしょう。それに復習することを習慣づけていることは、普通の勉強家にとっては当たり前のことなので、今更それにアドバイスするなどということは考えられなかったのではないでしょうか。

 それから一般の大人の学習者における習性として、繰り返しが苦手というか嫌いというか、とにかく語学学習に成功する人たちが共通して持っている「繰り返し」という習慣も私は苦手です。しかし、あくまでも勉強・学習における繰り返しが苦手である、というだけで、読書に関しては多岐にわたる分野の書物を読みわたるというよりは、気に入った少数の書籍を繰り返して読む方が私の性に合っているので、「繰り返し」が苦手というのは、私の性格として一般化することはできません。これについては『外国語上達法(千野栄一著、岩波新書黄329)』に面白いことが書かれています。

「外国語は好きなんだけど、単語が覚えられなくてね」という人は、自分が勤勉でないことを告白しているのである。そして、この自称"記憶力の悪い"人がひとたび天皇賞となると、舌をかみそうな馬の名前だけでなく、馬の血統、経歴、所属厩舎(きゅうしゃ)名から、重馬場での対応能力、さらに騎手の性質までそらんじているのだから、記憶力が悪いということに同意するわけにはいかない。必要なのは超満員の電車の中でも○や△や◎の記号の意味するところを必死に学習するその熱意で、単語の習得にはそれがないことが問題なのである。そして、あんな込んだ電車の中ででも赤鉛筆を使って大事なポイントを区別するという効果的学習を、単語の習得に際しては使わないということである。(pp50-51)

 私は競馬は基本的にやらないですが、自分なりの趣味は持っているので、言いたいことは理解できます。しかし復習も繰り返しも勉強・学習に利用するのが「嫌」なのだから、恥ずかしながら、千野氏言うところの「自分が勤勉でない」ことを認めざるを得ません。
 問題は勉強・学習にどのように自分が趣味で発揮している「勤勉さ」を取り入れるかですが、誰かいい考えのある方はいませんでしょうか。

2005年7月 8日 (金)

クリティカル・シンキング

 今日7月8日の日経新聞夕刊17ページに、「だまされる心」と称してクリティカル・シンキングを研究する信州大学助教授・菊池聡氏の紹介記事があった。クリティカル・シンキングというと何だか難しそうな響きですが、要は「クリティカル・シンキングを身につけると、だましには強くなります」という認識を持ればよいことです。しかし日本の教育では「教えるのは友情と信義の物語」だけだということで、やや手厳しい。
 しかしこの記事の冒頭では「人間はだまされて当たり前です」という文から始まっています。これはどういうことか。「多かれ少なかれ、人間の認識にはだましがひそんでいます。正確に認識しないこと、あいまいに、あるいは都合よくゆがめてものごとをとらえることが、案外人生の要諦だったりするのかもしれません。自己認識があまりにも正確だと、うつ状態になりかねないと言われています。自分には今の評価以上の価値がある、という具合に自分に幻想を持つことができないと、自らを追いつめてしまうことになりますから」ということだそうです。

 しかし、私事に当てはめて考えてみると、だいぶ昔の話になりますが、就職活動のころにも、両親の邪魔で活動に力が入らず、今の学生ならば当たり前のようにする自己分析を怠ってきたために、大学の友人は皆、平均的日本人ならば誰もが知っている大企業に就職したのに対して、私は地方の小さな廻船問屋に都落ちを余儀なくされたのです。
 その会社に入っても、自分がわからないことからうつ状態に陥り、東京から名古屋までのさまざまな病院を渡り歩くことになりました。とはいえ、自分が病院巡りをしていることの目的が、自分をわかることだということの認識もはっきり持ないままにうつ状態に苦しんでいたわけですから、どんな名医・カウンセラーにしても一刀両断の診断を下せないのは当然で、そのころに出会った医者・カウンセラーの方々には多少の申し訳なさと、そこの苦しみをわかって欲しかったという後悔の念とが入り交じります。

 新聞記事の最初に人間はだまされて当たり前、と書かれていますけれども、それを分析して菊池助教授は「第一は、ある種の権威を伴った社会的な情報」「第二は、人間が持っている未知へのあこがれ」「第三の要因は自己決定の代行」「要因の第四は、無意識の推論による錯誤」とまとめました。それらから自らを遠ざけるには、クリティカル・シンキングの訓練と学習が必要、と説く助教授だが、先述したように日本の教育は、このクリティカル・シンキングを養成するようにはできていない。初等教育のうちから討論・ディベート教育を行う欧米と比べると、高等教育の段階になっても権威に盲従することを教える日本では、信じがたい常識が社会にまん延することになります。その代表例が血液型性格占いだそうです。世界的には全く相手にされていないのに、なぜか日本と韓国だけでは異常に浸透しているのだそうです。そういえば、韓国の学生はよく勉強する、とは聞きますが、欧米的な真理の追求型ではなく、日本と同じ、いやよく学ぶのだから日本以上に権威への盲従が高等教育の目的になっているのかもしれません。

 そこでまた私事に戻るのですが、私はかつて(いや、現在も将来も)大学院で学ぶ夢があったのですが、両親の邪魔もさることながら、自ら大学院で学ぶ、ということはどのようなことかを全く理解しないままにそのような夢を持ち続けてきたのですからこっけいとしか言いようがありません。今は学生ではないので、大学院に入り直すとしたら社会人入学しかないのですが、学生のストレート進学と違い、社会人入学をもくろむ人たちは大学院受験時に「研究計画書」の提出がどこの大学院でも義務づけられています。最初にクリティカル・シンキングとはだまされにくくなること、と述べましたが、この単語の和訳が「批判的思考」とされているように、本来の高等教育ではこのクリティカル・シンキングが必要不可欠なのです。私が大学院で学ぶ目的と何を研究するのか、実地の職場で生じた疑問をそのままぶつけられればそれが理想的なのですが、私の専攻は国際政治学、当然のことながらよほどの幸運にありつけない限り、それを業とすることはあり得ない分野です。ですから、資料や先行研究に対してクリティカル・シンキングでもって検討を加えて、自らは学問に何の貢献をなすつもりか、それができていないと「研究計画書」の段階で大学院入学をあきらめざるを得ないのです。

 そういえば、自分探しからうつ状態になった私を救ってくれたのは、ADD(Attention Deficit Disorder:注意欠陥障害)と私を診断してくれた東京の小さな医院です。そこでおととし、精密な適性検査を受け、言語性検査では「知識」と「数的操作」の能力で高得点を挙げ、「短期記憶」と「理解力」では点が低く、動作性検査ではすべてにわたって低得点であった、という結果を得ました。

 それとクリティカル・シンキングと何の関係があるのかというと、このような適性の人間がクリティカル・シンキングを持たないままに学んだり習ったりすることは、先に述べた人間がだまされる四つの要因から逃れるどころか、かえってその要因を強化するために学び、習うことになります。すなわち疑ってかかるべきことを、逆に四つの要因というものを受け入れ、補強するために学び、習っていたわけですから、だまされやすい(詐欺に遭いやすい)かどうかは別として、学問への適性が欠けていると見なされても仕方がないわけです。そういえば、私が読むのが好きな本というのは、確かに学問的な研究書とか啓蒙(けいもう)書といった本です。それらの本は本来クリティカル・シンキングでもって資料批判すべきもので、まさに批判的に摂取しなければいけないのですが、それらを私は知識としてせっせとため込むような読み方をしてきました。結構話題の本とか研究書とかは持っているのですが、それが生かしてこないことをしていたわけです。
 最近は私ごときがこのように書き連ねているように、ブログが大はやりですが、ブログの中には紙媒体のジャーナリズムに負けず劣らず優れた記事を書き続けているブログも結構あります。そういうブログを書いている人たちはまさに、クリティカル・シンキングを持ち合わせている人たちで、私のように疑うのが苦手な人間にとっては、どうしたらこのような優れたブログが書けるのかと考えると、思わずため息が出てしまいます。

 そういえば私が言語をかじるのが好きなのは、言語を学ぶためにはクリティカル・シンキングより、とにかく習うことが大事だというのが性に合っているせいではないでしょうか。しかし、上述の適性検査では「記憶」に関する能力はかなり低かったので、自分の勉強における復習嫌いと合わせて、言語を習得するのにはかなり不利に見えます(実際単語と文法を覚えるのが大変なんですよね、言語学習というのは)。それから言語習得では体は動かしませんが、体を動かすがごとく、習慣的なトレーニングが有効なことが一部で言われています。この点でも運痴である私には不利に作用するのですが、本当に体を動かすこととはまた違うので、要は学習を(できれば)毎日の習慣にできれば、語学のかじり逃げが少しは直るのではないでしょうか。その点、今作っている「アンチ・バベルの塔」を構築し続ければ(復習を欠かさずに)悪習慣は変わる起爆剤として期待しています。

 しかし最終的に大学院進学を果たすには、語学力の育成とともに、やはりクリティカル・シンキングの能力もつけなければいけません。語学のかじり逃げ病は勉強習慣を作ることで直るかもしれませんが、クリティカル・シンキングの能力はただだらだら活字を読んでいるだけでは直らないし、かえって悪化するかもしれません。できればしかるべき人に頼んで、批判的思考力の養成を手伝ってもらうのがベストだと思います。

2005年7月 7日 (木)

我が後半生を現実的に夢想する

 現在ニートの私でも、これからの人生を夢見てみたり、地に足をつけた考えをしてみたり(?)しているのですが、よく脳裏をよぎるのは第三の道ですね。今、「アンチ・バベルの塔」を構築して、他言語の一万からの語を脳裏に焼き付ける作業をしているのですが、普通に就職したのでは、これは単なる趣味になってしまいます。
 まぁそれでも人生尽きることのない趣味を得たわけですから、それはそれで慶賀すべきことなのですが、しかしある言語について単語を覚えて文法を勉強すれば、その言語を使ってみたくなるのも人情というものです。言語を使った仕事といって、普通の人が条件反射的に思い浮かべるのは、通訳・翻訳の仕事だと思います。私も実は翻訳の仕事で食べていきたいと思っている部分が脳の片隅にありまして、ジャンルも自分勝手には決めています。最もそれを市場が受け入れてくれるかどうかは分かりませんが。
 一般的に通訳・翻訳の仕事に必要なのは外語力とされていますが、実は日本語力(と営業力)でして、まぁ通訳の場合には瞬間的な作業を要求されているわけですから(私にとっては適性がないだろうな、と思っているのですが)、多少ぎこちない訳でも市場は受け入れてくれる部分がありますが、翻訳の仕事の場合は、仕事場で調べ物をして作業ができる分、誤訳とか不明な点とかは許されません。そして何より大事なのは、翻訳された文章が日本語として通用するかということです。高校生の英文解釈と翻訳家の翻訳された文章の間で最も違う点です。
 実は翻訳の勉強をしたことのない私にとって不安な点であり、英文と和訳を見比べて、どうしてこんな訳が出てくるのかな、と感服したのも一度や二度ではありません。今「翻訳の勉強をしたことがない」と逃げを打ちましたが、果たして翻訳の勉強を通じて日本語を洗練させることができるのか、ということが翻訳を仕事として生きていくに当たって大事なことだと、私は勝手に思いこんでいるわけです。
 でもその前に、英文法力を再チェックして、せめて中高生に英語を教えられるくらいの英語力(英検準一級、TOEIC730点くらいか)を養わなければ、翻訳の勉強をするに当たってスタートラインにすら立てませんよね。実際は(TOEICは口語的すぎるので、あまり高得点をとっても基準にはならないと思います)英検一級が翻訳者の最低スタートライン(ただし、近年改訂された英検はTOEICのように英語→英語の能力が試されるようになり、翻訳者の適性を計る上でやや参考になりづらくなった)だということです。
 アンチ・バベルの塔の構築で英語に求めているのはその英検一級をとるくらいの英語力なのですが、実際に英検一級を受験するとなったら、かなりの受験勉強が必要かな、という気がします。
 うまくいけば、翻訳者の仕事はサラリーマンと二足のわらじを履ける商売ですので、その点にも期待しているところです。

2005年7月 4日 (月)

アンチ・バベルの塔の構築への決意

 ことはk.y.様に、アンチ・バベルの塔の構築ペースが分からない、といって泣き言コメントを氏のブログに書いたのがきっかけです。それは以下のものです。

 単純な質問ですが、どうしてk.y.様はアンチ・バベルの塔の構築に多大な時間を掛けていて、その上毎日ブログを更新できて、さらに余暇の時間まで得られるのでしょうか。
 もう一つうかがいたいのは、私は辞書の1ページを書き写すのに2時間以上かかってしまうので、有為なページ数を書き写そうとすると1日のほとんどをアンチ・バベルの塔の構築に費やしてしまいます。どうか迷える子羊にご助言を下さいませ。

 これにk.y.様は自分の特殊事情でありながらと暗示しつつ、自らは午前の5時間で6ページ、平均60語を写している(ただし、手書きや入力ではなく、ハードディスクに取り込んだ英英辞書をコピー&ペーストするだけだそうですが)とのことをご回答下さいました。

 そして午後が仕事の翻訳、夕方にエクササイズを行って、夜は余暇時間としており、ブログは朝でも昼でも夜でも気が向いたときに書いているそうです。本人いわく『これも脳運動の一環』だそうです。

 私は本当は夜型の方が集中できるのですが、いろいろ昼にやらなければならないことも多々あるので、昼型になったと仮定して、こんな計画を立ててみました。

 朝7時起床。9時~12時簿記の勉強。13時~0時アンチ・バベルの塔の構築(休憩・夕食などのブレーク2時間を繰り込んで9時間)。0時~1時ブログ執筆。深夜1時就眠。

 k.y.様は一般論として、『普通の人なら1年間に5000語でしょう。時間にして1日5時間(復習も含む)』と書いてあるので、本当に9時間集中できるのならば、1年間で1万語を覚えられることになります。

 なお改めて自分の使用辞書と収録語数を列挙します。
英語:ジーニアス英和辞典第3版【語数】12,000語
ドイツ語:パスポート独和辞典第2版【語数】15,000語
中国語:はじめての中国語学習辞典【語数】10,000語
ロシア語:パスポート初級露和辞典【語数】 7,000語
スペイン語:パスポート初級スペイン語辞典【語数】 8,800語
                     合計 52,800語

注;ジーニアス英和辞典第3版が【語数】12,000語というのは、当該辞書が重要単語としてマークを付けた見出し語のことです。ジーニアスの総収録語数は95,000語句に上ります。ジーニアス英和辞典の名誉のために付け加えておきます(7月6日追加)。

 これからすると、1年間で1万語を覚えても、総計の五分の一に過ぎないわけです。多言語のアンチ・バベルの塔の構築を目指す、という身の程知らずなことに手を出した報いというわけでしょうか。しかも、1年以上先の話になると、翻訳で食べてゆくという生き方を選択しない限り、就職することになるであろうから、ペースはドンと鈍ってくることは間違いないわけです。

 なお、現時点の話に戻りますが、今は5言語手を出しているわけですから、これを平日の曜日ごとに分けて、土日は復習のみ(または平日に外出して、アンチ・バベルの塔の構築ができなかった日の予備日)に当てるという選択を計画中です。
 具体的には、月~金を英・中・西・露・独に割り振る訳です。ただし、今月の中旬にスペイン語の初級文法集中講座を受講するので、7・8月はスペイン語のアンチ・バベルの塔の構築を重点的に行おうかとも思っています(例:英・中/西・西・西・西/独・復習露中心・復習そのほか)。

 問題なのが、遅筆の私が1時間でブログの記事を書き上げることができるかどうかということです。しかも私のこのブログはノンジャンルが売り物でして、テーマを決めることから始めなければいけないのです。

 しかし、もう乗りかかった船ですから、こぎ出さないといけませんよね。計画はあくまで計画としつつも、1日9時間(実働)作業を欠かさない(いや、やぼ用で欠かすことはよくあるが、それも予備日でうまく穴埋めできるようにする)ことが塔を築く大事な所なんですよね。

2005年7月 1日 (金)

アンチ・バベルの塔を構築し始めてみて

 私は英語とロシア語について、アンチ・バベルの塔の構築を始めました。そして今日、本屋(一部古本の通信販売)でドイツ語・スペイン語・ポルトガル語に加えて、中国語の学習辞書も購入して、アンチ・バベルの塔・ポリグロット版の構築を模索し始めました。
 中国語のアンチ・バベルの塔構築については、将来課題として放置するつもりでしたが、『はじめての中国語学習辞典(相原茂編著・朝日出版社)』を見て、収録語数10,000語前後、単語の並び順は親字方法ではなく、すべての単語についてピンイン順(発音順)に並んでいることから、アンチ・バベルの塔にぴったりと考え、購入した次第です。
 それからポルトガル語ですが、同じ出版社から出している和ポ辞典の収録単語数が10,000語だったので、ポ和辞典も同じ語数かと思ったのですが、後者は見出し数が15,000語に達することが分かり、ポルトガル語単独での使用をあきらめようとしているところです。具体的にはスペイン語とポルトガル語が単語レベルでも近接しているので、スペイン語のアンチ・バベルの塔を構築し終えたら、その知識を生かしてポルトガル語のアンチ・バベルの塔の高さを低くする、というものです。実際は同じつづりの単語でもまったく同じと考えるのは危険かもしれませんが、その時は50,000語レベルのポルトガル語辞典を併用すればいいことです。
 スペイン語・ドイツ語に関しては当初予想通り問題なく始められそうです。スペイン語は今月中旬に初級文法の集中講義を受講することを予定しているため、今は最優先でアンチ・バベルの塔を構築することになりそうです。しかし、ドイツ語は個人的には習得目的レベルの第二位に挙げている言語なのですが、今はほかの言語のアンチ・バベルの塔を構築することで手一杯で、ドイツ語にまで気が回らない様子です。
 懸案のフランス語についてですが、パスポート初級仏和辞典では収録語数が少なすぎるが、対抗候補に挙げた白水社ラルース仏和辞典を本屋で立ち読みしたところ、収録語数8,000語というのはあくまでも見出し項目で、あの辞書できちんとアンチ・バベルの塔を構築したら、手間としては語数的に二倍か三倍の手間がかかるのではないか、と感じました。
 あと、どうにかしたいと考えていた朝鮮語(韓国語)についてですが、コスモス朝和辞典(第2版)の使用を検討していますが、あの辞書は用言について「語基」の概念を用いているところが気になります。日本語、朝鮮語に共通の「用言の活用」(その中身はそれぞれの言語で違いますが)という考え方より「語基」を使った方が話が早い場合も多々あるのですが、少数派の考えを取り入れるのはどうかという点が気になります。収録語数については10,000語レベルでアンチ・バベルの塔の道具としては問題のないところです(しかし、普通の辞書として使用するにはすぐに語彙(ごい)不足を感じるのではないでしょうか)。
 なお、アンチ・バベルの塔を提唱しているk.y.氏が最初に始めるのにいい、と書かれた英語の『アクセス・アンカー英和辞典(学研)』ですが、立ち読みしたところでは、やはり高校生が使うレベルの学習辞書なので、あまりハイレベルの単語は収録されていないように見受けられました(といっても、すべての単語が一目で理解できる、というわけではありませんが)。今私がやっている『ジーニアス英和辞典第3版(大修館書店)』の重要単語だけを抜き書きする、という方法だと、逆にダガーマーク(短剣印)のついた単語には、本当にこんなマイナー(と私が勝手に思いこんでいるだけ)な単語が重要単語なのだろうか、と驚くこともしばしばです。
 ところでk.y.氏は英英辞典の併用を薦められていましたが、英和で意味は分かるというのと、英英辞典で英単語のニュアンスをつかむべきなのだろう、という風な意味で薦められたのは分かるのですが、アンチ・バベルの塔のカード右側にまで英文を書き込むことには、どうしても抵抗感をもってしまいます。

 ところで、このアンチ・バベルの塔の構築を行っていると、人生的にほかのことがまったくできないように感じるのは私だけでしょうか。辞書の1ページを写すだけで2時間以上かかることもざらです。最も今までがキーボード体系の違うロシア語と、コピー&ペースト併用の英語だからそうだったのかもしれません。これから普通に入力するスペイン語などで構築した場合、どのくらい時間がかかるかを計ってみるのもいいかもしれません。それでもやはり同じように時間がかかるとすれば、例えば今こうしてキーボードをたたいているブログの記事を書くことなどもあきらめなければならないかもしれません。それに語学だけでなく、国際政治の勉強をするために本を読みたいのですが、アンチ・バベルの塔にかかわっている間は読書はあきらめるのか、という問題にも直面します。英語リスニングの勉強のためにNHKラジオの英語講座も聞きたいし……。

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