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2005年6月

2005年6月26日 (日)

アンチ・バベルの塔を始めました

 こちらのブログに書かれている、「アンチ・バベルの塔」を始めました。私が今やっているのはロシア語です。本当は英語と並行してやりたかったのですが、英語は発音記号のフォントがどれも不完全で、使ってみると見栄えが悪くなるので、どうすればいいのか思案に暮れています。
 以前、このアンチバベルの塔を提唱し、実践なさっているk.y.様に向かって、アマチュア呼ばわりしましたが、この方も本職は翻訳家だそうで、つまり言語のプロというわけですよね。本当に申し訳ありませんでした。k.y.様の「アンチ・バベルの塔」こと、辞書を完全に覚えるという考え方は、本来はネーティブの英語話者が持つ語彙(ごい)数が最低で5万語、教養のある人だと10~15万語に達するという事実から導き出されたものです。
 基本的な考え方は、1万語程度ではネーティブの小学生並みのヴォキャブラリーしかないから、ブログに紹介されている辞書は二万四千語と三万七千語で、ここまでヴォキャを整備すれば日本人としては最高レベルになるけど、週刊誌やペーパーバックをすらすら読み通すことは難しい、とk.y.様はブログに書かれています。結局日本人の大人でも5万からの語彙(ごい)を持っているから、英米人の大人も最低それくらいは持っているはずだし、事実、例えばReader's Digestの語彙(ごい)数チェックとか、アメリカ人の高校生は皆受けるSATを辞書を使って解いてみると、十万語の語彙(ごい)で高得点をとれるというのがその根拠です。

 それからk.y.様が自由業であるから、時間をコントロールできると言うことで進めていることなのです。でも、「アンチ・バベルの塔」はアマチュアでも築くことができるのですよ。サラリーマンなどでも時間をかければ十分に「アンチ・バベルの塔」を築くことはできると推薦しているわけです。k.y.様なら1年でやるところを普通のサラリーマンは5年から10年かけて築くことになるわけですが、それでも人生80年時代には、それだけの時間を英語の語彙(ごい)力に賭けてもいいのではないか、というのがk.y.様の提案です。

アンチ・バベルの塔の建設法

別にどんな方法でも構わないのですが、私は、以下のように実行しています。

① 使用カード:市販の情報カード 製品名は「LIFE 情報カード J880 B6 128㎜×182ミリ 無地 100枚で¥451」 「コレクト 情報カード 無地 No.C-601 B6判 182X128mm 100枚」(カード情報は7月14日修正)

② 教材:英英辞典(k.y.様。私はジーニアス英和辞典第3版を使用)

自分が知らない単語や表現はもちろん、記憶があやふやなものもすべて、Aの項目からチェックし、「ワード」でカードに記入し、プリントアウトします。その後、パンチで綴じ穴をあけ、リングに通し、100枚単位で整理し、普段は重ねて置いておきます。

これで、まったく自分独自の単語帳=アンチ・バベルの塔が徐々に高くなってゆくわけです。

③ ワード文書の設定

「ページの設定」は次のようにします。

用紙:182㎜×128ミリに設定
余白:上下6ミリ、右7ミリ、左は19ミリ、とじしろは0、とじしろの位置は左
用紙・余白の設定は各人がプリンタの規格に合わせて調節して下さい(7月14日追加)
文字方向:横書き
段数:2
文字数と行数:両方を最大に指定

1ページが2段組ですから、左ページにターゲットの単語や語句を書き、右ページの同じ位置にその各単語や語句の意味を英英辞典(k.y.様。私はCD-ROM版のジーニアス英和辞典第3版からコピー&ペースト)から書き写します。記憶しやすくするために日本語で意味を書き添える場合もあります。もちろん例文を加えるときもあり、その辺の工夫は都合しだいです。

④ 最大のポイントは、毎日復習を続けることです。新たにカードを作成する時間がないときは復習だけにします。

k.y.様の結果:今の段階で、読んで分かる単語の数は5万語前後に達しています。ネイティヴ並みの10万語をめざしてさらにカード作成を続けますが、これからの5万語は今までの5万語に比べればかなり楽だと思います。各単語の意味がひとつかふたつであまり複雑にならないだろうと考えるからです。

詳細は後日少しずつ述べながら、みなさんのアイデアもお聞きしてもっとすばらしい塔にしていきたいです。

よろしくお願いします。

追記:並大抵の ― 特に軌道に乗るまでの数ヶ月は ― 作業ではないと思います。ほとんぞ全員の方が途中で投げ出してしまう所以です(注、私もその境地に達していないわけで、自分の性格からすると途中で投げ出してしまう可能性が高いので、どうかブログの読者の皆様、私を叱咤(しった)激励してください)。

しかし、市販の単語帳をはしごしても、英文雑誌から未知単語を拾っても、5万前後の語数に達することは永久にありません。

そこで英検1級レヴェル(何とか英文を読める程度)の1万語前後でも、不便を承知で、あきらめてまたは仕事などでとても時間がないというやむを得ない理由で、自分のできる範囲で少しでも英語力の向上を図るというのがごく常識的な対処法かと考えます(これでも、その1万語に専門用語を加えれば、専門書は読めるのだそうで、私の目標としては、それでも日本人としては上級レベルになる1万語レベルを目標にする予定です。10年くらいたって余裕が出てきたら、アクセスアンカー英和辞典で二万四千語レベル―k.y.様を除いて日本人として最高レベル―まで底上げしようかと思案しているところです)。

―――――――――――――――――――――情報カードの実際
① 机に向かって、左手に選択した辞書をたとえば『ニューヴィクトリーアンカー英和辞典』を置き、ワードを立ち上げ「アンチ・バベルの塔」を開く。
(私の場合は、ワードと『ジーニアス英和辞典第3版』の電子版の入ったDDWinを立ち上げる)

② たとえば account という単語、知っているつもりだがチェックしてみると、あやふやな理解だったことが分かるとする。

③ それで、この際きっちり情報カードに整理していくことにする。

情報カードの左側:

1 account [発音記号] ① [C]
(1) keep accounts
(2) I'd like to open an account, please.
② [C /U]
(3) Give us a clear account of the accident.
③ [C]

2 by all accounts

3 on account

4 on account of A
○ The train was late on account of the snow....

情報カードの左側:

1 ① [C] 勘定、計算書、帳簿、請求書;口座
(1) (いつも)帳簿をつけている
(2) 口座を開いてください
② [C/U] 説明、弁明;理由
(3) その事故のことをわかりやすく話してください。
③ [C] 記事、話、報告

2 みんなの話によると

3 つけで

4 Aの理由で (because of より形式ばった言い方)
○ 列車は降雪のため遅れた....

という具合に―形式は各自好きなように―黙々と(または音読しながら)整理していきます。すると自然と気持ちが乗ってくるはずです。知らぬ間に時間が過ぎていくでしょう。

 私が今やっているもの
英語:ジーニアス英和辞典第3版星印とダガー(短剣印)のついた重要語句約12,000語
ロシア語:パスポート初級露和辞典【語数】7,000語
 私が今後「アンチ・バベルの塔」を築く予定のもの
ドイツ語:パスポート独和辞典【語数】15,000語
スペイン語:パスポート初級西和スペイン語辞典【語数】8,800語(6/27訂正)
フランス語:パスポート初級仏和辞典【語数】5,000語
   または白水社ラルース仏和辞典【語数】8,000語
ポルトガル語:ローマ字ポ和辞典【語数】10,000語(?)

 上に挙げた七個の辞書について「アンチバベルの塔」を築いたとしたら、時間として五年以上はかかるでしょうが、それだけの時間を天は与えてくれるでしょうか。私はそれぞれの国におけるネーティブの大人が持つ語彙(ごい)数が最低五万語であることを承知しながら、ポリグロットになりたいという願望を優先して、各言語一万語程度であきらめるという覚悟を決めました。しかし一万語のヴォキャを持てば、英語で言えば例えば英検一級やTOEIC900点台(ついでに言うと、TOEFL-CBT260点台も)は悠々とれるレベルだから、日本で必要なレベルは満たしていると開き直ることもできるわけです。

 「アンチ・バベルの塔」の考え方を理解するために、私はk.y.様のブログをいちから読み通しました。k.y.様は、千野栄一の『外国語上達法』を引用して、そこに書いてある3,000語を身につけたら、後は辞書に任せて、その言語の単語については「上がり」という考えを真っ向から否定しています。それは、3,000語でその言語の9割を理解できるとしても、残りの1割に重要な語句があるかもしれない、という考え方です。つまり、下記の文章です。
 『基本語彙の2000語は驚くほど強力で、 たとえば、新聞記事の語彙の内80~90パーセントは中核語彙になっているのが普通であり極めて高い割合を占めている。しかし、この「80~90パーセントの占拠率」 を 「80~90パーセントの理解」と短絡的に解釈するのはたいへん危険である』 
 k.y.様のブログを子細に眺めると、ヴォキャを持てばリスニングもできるようになるみたいですが、英語のリスニングは非常に難しいので、さてどうなることでしょうか。でも、アンチバベルの塔を始めたら、NHKラジオの英語講座各番組を聴くことなどできないくらい時間を消耗するわけで、その辺が苦しいところです。私の「アンチ・バベルの塔」のもうひとつの問題は、プリントアウトです。WinXP対応のプリンターは、携帯用のプリンターで、もう一台と比べてプリント能力が低いという欠点を抱えていますが、これをどうしようにも、どうしようもないんですよね、今のところは。

追伸 大体私は朝鮮語、中国語、ベトナム語、タイ語といったアジア言語もやりたいのですよ。それらの言語は一度ならずもかじったことがあるので、何とかマスターとまではいかなくても、観光に不便にならないくらい以上は身につけたいと思っております。よって、何らかの方法でアジア言語の「アンチ・バベルの塔」と築けたら、と思うのですがねぇ。あと、たぶんやらないと思うけど、yuna_bahasaさんの影響でインドネシア語にちょっと興味がわいてきてねぇ、もしかしたら手を付けるかも……

2005年6月25日 (土)

よそ様の中国語講座

 これはyuna_bahasaさんの「アジア言語を楽しむブログ」のトラックバックです。にトラックバックを打った記事です。

 中国語会話という講座をネーティブに教わっているそうです。そのネーティブは日本の大学4年だそうです。その人が、ある単語の読みで、中国語の共通語である「普通話」と違う発音を教えたそうです。中国語というのは北京の方言を元に「普通話」を作り、これを共通語として全国に(異民族にも!)広めています。しかし、異民族はもちろん、「普通話」を話すネーティブでも、完ぺきな「普通話」が話せるかというと、そうとは限りません。例えば南方出身の人は、巻舌音ができないというのはある程度知られています(台湾に行くとそれが顕著で、自らの中国語を「北京語」と称しながら、外国人が完ぺきな巻舌音で中国語を話すと、結構バカにされるそうです)。

 欧米の学校では、国語文法をみっちりたたき込まれるのですが、日本や中国では寡聞にしてそのような話を聞いたことがありません。特に初等教育では漢字を教え込むのに精一杯だからでしょうか。それとも国語文法が未整備なのでしょうか。外国人に教えるための日本語文法、中国語文法はある程度備わっているはずなのですが。

 しかし中国語には、英語のTEFLとかTESOLといった異民族・外国人に中国語を教える専門の学位があるわけではありません。仮にあったとしても、その代わりに中国語学を学んで日本に留学してきたわけではありません。日本語でもだと420時間の日本語教師養成講座と、 「日本語教育能力検定試験」というのがあって、ある程度クオリティーが保証されています。日本に住んでいるという理由で語学教室にかり出されている中国語ネーティブもたぶん苦労しながら教えていることでしょう。中国語を教えているネーティブは皆、本国で中国語学を専攻してから日本に来たわけではありませんから。
 理想的なのは、中国語の文法を外国人の目で見て、きちんと把握している日本人に教わるのがいいのですが、中国からの留学生のみならず、日本人の中国留学組でもそういう視点で中国語を見ることができる人は少ないでしょう。中国語講座の需要は多いだけに、語学留学から帰国して、中国語講師になるだけの能力が備わっていないというのは非常に残念なことです。

注;6月26日一部訂正

2005年6月20日 (月)

土曜日の出来事―今更―

 先週の土曜日(といってもおとといのことだが)、大学の図書館に行きました。実は4月末ころに借りていた本の返却を1ヶ月以上忘れてしまったのです。ちなみに本のタイトルは『戦略論(B・H・リデル・ハート著)』『国際政治(F・シューマン著)』です。どちらの本も私が現役の大学生のころにはよく借りられていた形跡が見られますが、その後は忘れられた書籍という扱いになっていたようです。

 そもそも大学OBが大学図書館を利用できるということを知ったのが、この座敷牢に閉じこめられた去年の春のことで、おいおい、私は大学を卒業してから12年もその事実を知らされなかったのかね。まぁ最初の6年は清水に帰っていたからしょうがないとしても、その次の6年は神奈川に住んでいたんですよ。まぁ過ぎたことはしょうがない。
 大学図書館サイドも本の未返却に業を煮やしていたらしく、返却遅れにはある罰則が適用されるようになりました。というのは、例えば3日間返却が遅れたら、返却日から3日間は新しく本を借りられない、というペナルティーです。それで恐る恐る私はいつまで罰則に当てはまるのか、と司書に尋ねたところ、7月18日からOKです、とのこと。つまり私はまるまる1ヶ月本を抱え込んでいたことになります。ちなみに7月は私の出た大学では前期試験の時期で、23日までは卒業生に対しては本の貸し出しが停止されることになっており、実質6週間の貸し出し禁止処分を食らったことになります。

 私が大学に行く、というのは二つしか用事がなくて、図書館に行くというのと、購買会に本や文具を買いに行くだけ(まれに学食で軽い食事を取ることがある)なので、土曜日もその例にもれず、購買会に本を物色しに行きました。一般的な大学では、売店や学食は生協が扱っているので、生協の会員でない外部者に対しては定価販売をするものらしいのですが、私のところの大学は大学が会社を持って、そこに学食やら購買会やらの業務を委託しているので、誰が購買や学食に行っても市価より割引価格で売ってくれるのです。
 今月も18日になり、NHKラジオの英語講座各番組テキストおよび中国語と(最近ほとんど惰性で聴いている)スペイン語のテキストが出回るころとなりました。書籍は一律1割引なので、NHKラジオの語学講座各番組のテキストを結構まとめ買いしても、割引額は100いくら。それにこの日に備えて(?)買わずにおいた『中国語ジャーナル(アルク)』『聴く中国語(日中通信社)』、それに特に急な入り用ではないけど、目星を付けておいた『国際紛争[原書第5版](ジョセフ・ナイ著、有斐閣刊)』とだいぶ古い本ではありますが、『現代政治学叢書19世界システム(田中明彦著、東京大学出版会刊)』をピックアップしてレジへ向かった。いくらでもお金が出てくる魔法の財布を持っていれば、せめて辞書類をあと2・3冊は買ったろうに、と後ろ髪を引かれながら。それだけいろいろ買ったものだから、購買会の1割引を利かせても八千円を超える買い物になってしまいました。まともに本屋で買っていたら九千円超の大買い物だったんですね。

 さて、購入した本の中で「急用ではないが気にしていた」本というのはどういうことかというと、『国際紛争[原書第5版]』は、最初に日本で翻訳されていた原書第3版は持っているのだが、毎年第4版→第5版とバージョンアップしてくるものだから、第3版と第5版でどう違うのかはわかりませんが、やはり最新刊が欲しい、ということで2年我慢して買ったわけです。『世界システム』の方は、実は先に述べた『国際紛争』の訳者の一人である、田中明彦東大教授の出世作ともいうべき作品で、後に『新しい中世(日本経済新聞社刊、1996文庫版は2003)』という(恐らく)同教授にとっての代表作の下敷きになっているという評判の著作です。

 まぁ滞納していた図書も返却し、本の買い物も済ませたら、さっさと座敷牢に戻るのが知恵というもので、そのまま帰宅し、本棚をちょっといじって買った本を詰め、なぜか疲れたのか、そのまま日曜日の昼まで寝込んでしまいましたとさ。

2005年6月17日 (金)

我が後半生を現実視する

 さて昨日は我が後半生を勝手に夢見ましたが、学問の世界にこの年で飛び込むのはサメのえさ場に飛び込むダイバーのようなもので、自分の人生を棒に振る気か、と高笑いされるのがオチでしょう(心配してくれる、と言えないのがつらい)。
 だから私としてももう少し現実味のある将来像を計画しているところなのですが。私がニートの地位に落ち込む前のキャリアは通関業でした。しかし、通関業で本格的にキャリアを築くには「通関士」という資格が必要です。この資格はれっきとした国家資格で、通関業者には必ず一人以上の通関士を配置することが法で義務づけられています。私が通関のキャリアを始めたころ、この通関士という資格は通関業者にしか知られていないマイナーな資格でした。資格を取るには国家試験に合格する必要がありますが、当時は通関の職に就いている社員が嫌々受けていた側面が強かったものです。
 しかし、不況が長引く中、学生の就職が困難になり、彼らは在学中に何か一つでも資格を取っておこうという気運が高まり、比較的受験しやすい(合格しやすい、とは意味が別ですが)通関士の資格に目を向けるようになりました。そのために受験者がうなぎ上りに増え、合格率もそれまでの20%程度から、一割台に落ち込みました。こうなると、実務に強いとはいえ、受験勉強から長いこと遠ざかっている会社員より、現役の学生の方が試験に有利になり、今世紀に入ると、試験形態の変更で学生有利の構造が定着しました。通関士という資格は今や、通関業に従事している社員が獲得するというよりは、これから就職活動に望む学生が持っているもの、という雰囲気になりました。
 こうなると、最後に受験勉強をしたのがもう人生半分さかのぼるような私が無駄な努力をしても高望みというのが実情です。
 そこで、もはやこの年で普通に就職活動をしてもどこも門戸を閉じている、という現状では、別のキャリアに切り替えよう、と考えるに至ったわけです。私の適性検査では、強みは「知識」と「数的処理能力」で、弱みは動作性能力全般と「暗唱」「理解」と出ています。通関士という資格は法律の理解能力を問う資格ですから、弱みにもろにかぶってしまうので苦手意識が醸成されたのだと理解し、強みを生かす資格を目指そうという方向に転換することにしました。しかし私の「知識」とは雑多なトリビア的知識で、こんなものは現代ではインターネットに接続したパソコンのポータルサイト(例えば"Google"とか"Yahoo!"など)に任せておけばいいもので、そうすると残りは「数的処理能力」があるのみです。
 ここから、かなり安直ですが導き出した答えが、簿記会計に関する資格を手にして、それを武器に就職活動に励む、というものです。5月14日の記事にも書いたのですが、簿記会計の資格といっても、税理士や公認会計士の資格は通関士同様に、というかそれ以上に法律の理解力を問われる資格です。そこで社会に認められ、法律的知識をあまり必要としない資格として、日商簿記にターゲットを定めたわけです。

 4月にそう決めておけば先週の日曜日に行われた日商簿記の試験を受けられたのですが、決心したのが今の年齢になってしまった5月なので、初心者からの簿記・会計に関する講習はおおむね始まっていたので、次善三善の策を考えることにしました。まだ開講されていなかったそのような講座を探して、手始めに簿記・会計とはどのようなものであるか、を習いました。その講座は座学で、講師の話を聞くだけだったのですが、その講師曰く、「簿記を理解するには、一般書店で売っている簿記の試験問題集でなるべく薄めのやつを、どうせ何も理解できないはずだから、まずは答えを見ながら写経のように問題集の穴を埋めていくと理解が早い」とのことでした。50問写した人より100問写した人の方が絶対に理解が深い、とまでいっていたのが印象的でした。それではまずは日商簿記3級の問題集から手を付けるのがいいでしょうか。
 実は私のプランとしては、この講習のあとに某大手会計事務所が行っている簿記・会計の基礎を学ぶ通信講座を受ける予定だったのですが、先の話を聞いてどうしようか検討中、というところです。というのは、私は趣味の語学にしても、マスターすることなくかじるだけで満足してしまう(いや、満足はしていませんが)性格なので、通信講座を全うできる意志の強さがあるか、という問題があるからです。まぁしかしそのくらい続けられる程度の意志力がなければ何事もマスターし得ない、と思えば「善は急げ」で、早速その通信講座に申し込むのが手ではないかと。この「さびぬき」さんという人のようにブログに勉強記録を書き記すという方法で意志の弱さを補うという方法もあるかなぁ。でも、このブログはよろずブログなんで、勉強記録に特化したくはないなぁ。
 それは置いておいて、それが片付いたら(または片付かなくても)、我が故郷静岡の通信教育大手某社でやっている、簿記2級講座を受けて(これも通信教育だなぁ)、11月の試験に備える、という手はずで、まぁアクシデントがなければ平成17年が終わるころには日商簿記2級ホルダーということになっているはずで、そこから本格的な求職活動に入るつもりです。問題は、通関の仕事と反対に、資格はあるが実務経験がないということです。果たして年齢の兼ね合いもあり、それで就職できるのかという疑問が頭をもたげてくるわけです。しかし今のままでは何も強みがないままにやみくもに求人している会社に応募して玉砕するのみ(しかも、私の年齢上、求人企業も非常に少なくなっているのが現状)で未来の展望がないので、何とかこの勉強に我が人生を賭けることになります。

 また、別のキャリアプランもあります。お金と時間と能力が許せば、の話なのですが、趣味の語学を何か一つか二つ、え~かげんにきちんと勉強して、翻訳の仕事に就きたいという希望も持っております。これはきちんとしたプランを立てているわけではないので、長々と述べるつもりはありませんが、問題は能力的に翻訳の仕事を始められても、私は私を知るものすべてから言われるほどの営業下手なもので、個人事業主たる翻訳業はどうかな、とちゅうちょしています。

 こうやって活字にしてみると、昨日の妄想とどこが違うのか、と突っ込まれそうなのですが、まぁ学問の世界に入るにはポストの絶対数が少ない、という問題があるのに比べて、簿記・会計の仕事ならば、資格さえ手にすれば食いっぱぐれはない(はず)という利点があるだけでも現実的かと考えることにします。

 ただ学問は学問で、男子一生の仕事としてではなく、趣味の延長たる研究活動で楽しめたらいいな、という希望は持っており、できれば就職して自分の足がかりをきちんと立てられたら、国際政治専攻の夜間大学院に通って、最低限学問の足がかりをつかめる希望は捨てずに持ち続けるつもりです。

2005年6月16日 (木)

我が後半生を夢想する

 私の年齢も今何月であるかも無視して自分の望むままのことを書く。
 私は学者になりたい。専攻は軍事科学・戦略学・地政学・安全保障学のいずれかなら構わない(というか、それが絞り切れていないところが、実際に学者への足がかりを踏み出せない理由なのですが)。どれもこれから自分の足で立ち上がろうとする日本にとって無視できない学問だから、と自分では考えているからです。
 まぁ、とにかくこじつけでも何でも自分の専門分野を仮に決めて(いったん学問の道に入れば分野の垣根をまたいで―さすがに政治学から経済学へというのは不可能ですが―業績を作るのは特別難しいことではないからです)、来年ないし再来年に大学院のマスターコースに入学する。もちろんドクターコースへの進学は必須です。そうすると修了または単位取得満期退学まで5年。それから標準的に浪人生活を送ると5年から10年。普通は非常勤講師から常勤の講師になるものです。でも私の年齢だと、日本では即座に助教授になるくらいの業績を上げておかないと浪人生活から脱却する道はないでしょう。アメリカ合衆国では良くも悪くも実績主義で、40過ぎの"Lecturer"が必死に業績を作って準教授、あるいは教授への道をうかがい、テニュア(終身雇用権)を得ようとする人もいるけれども、日本ではその辺、いかに大学改革がされつつあるとはいえ、年功序列型で秩序が保たれています。だから40代で講師というと、語学の先生くらいしか見あたりませんでしょうか。でもここではそれを意識的に無視します。
 そうしていったん大学教員になったとしますが、ここで気を抜いてはいけません。雇われてから5年くらいのうちに数々の雑用をこなしつつ、できるだけ多くの業績を作らなければいけません。なお、業績というのは一般に目にできる雑誌記事や書籍を書くことではなく、学会の年報・大学の紀要の論文、書籍でいうなら専門書のみが業績として扱われるものです。かえって前者の「お金になる」仕事に手を染め出すと、業績からは遠ざかるのが日本の、いやこれに関しては世界のと言っていいかな、実態です。
 逆に自分に研究したいことがいっぱいあるならここぞ好機と思って、いくらでも論文を書くのが良いでしょう。ただアメリカでは優秀な学者のマスターピースな論文をありがたがって、その著者を一流のシンクタンクや政界に引っ張るという現象がありますが、日本では学者は学会、政界は政治家、というすみ分けがされているのが現実です(優劣を論じたものではありませんが、私のように政策志向の学問を志しているものから見ると、アメリカ式の方がモチベーションが高くなるかもしれません)。
 そうして業績を上げたと大学の先輩教授陣に認められるとまぁ40代の後半になって、遅い人は50代に入ってしまうのでしょうか、大抵はどこかの教授に収まり、定年(一般の会社より10年ほど遅く設定されています)まで教授先生、とあがめられるというのが日本の学者すごろくです。その学者すごろくの振り出しに、人より15年は遅れたけれども、立ってみたいというのが我が夢想であり、実はそれにこだわってきたためにこの年齢までの自分の人生を棒に振ってきた、という現実もあるのです。

 私にはさらに野望があって、今の日本には存在しない、軍事科学・安全保障学の専攻の学部をどこかの大学に創設したいという願いがあります。モデルはどうしても(私が英語以外の外国語を読めないために)英米になってしまうのですが、ヨーロッパには数は少ないものの広く存在するものだそうです。イギリスでいえばキングスカレッジ戦争研究学部(学部・大学院)が、アメリカでいえば有名どころの安全保障学の大学院よりも、AMUという、ウェブサイトを見た限りではディスタント・ラーニング(通信教育、ただしこの大学はe-Learningの制度を取り入れているようです)専門の大学・大学院なのでしょうか、あまり聞いたことのないところではありますが、まぁこのあたりがモデルになるような学部・専攻科で、軍事・安全保障に興味のある、まぁ最初のうちは軍事オタクや右翼っぽい人たちだけでもいいではないですか、学生を集めて専門の教育を施したい、と夢想しているのです。
 英米と一緒くたにまとめましたが、実はイギリスとアメリカ合衆国では高等教育の制度ががらりと違い、単に足して2で割るというわけにはいかない(でもそれをしているのが今の日本の高等教育制度である、と私は考えますが)ので、英米どちら寄りにするのか、あるいは大陸ヨーロッパの制度を取り入れるのか(フランスの高等専門学校は、年齢でいえば大学学部に相当するが、卒業生が政財界や軍隊のエリートコースに入るので、実質的には大学院相当と考えてもいいでしょう。もちろん一般の大学院というのもあります)、その基本的な大計は決めておかなければならないでしょう。
 夢想するだけでいいなら、今からでも形だけは組むことはできますが、それでは現実味が全くあるまい。やはり自らがそういう専攻の学者になって、同志を集めて、どこかの大学に要望を出す、というのが(これにしても夢想に近いけれども)第一歩なのでしょう。

追伸 大学に軍事・安全保障専攻の学部・学科がないと本文では書きましたが、実は安全保障専攻の大学院のマスターコースならば、10年くらい前にできた防衛大学校の専攻科と、今年創設された拓殖大学の国際協力学研究科安全保障専攻というのがあります。後者は一般の大学院同様に学生を受け入れていますが、防衛大学校の方は、マスコミ関係者や政府・自衛隊関係者を組織から学生を募っている閉鎖的な組織になっています。どちらにしても、両大学院の学生はどのようなバックグラウンドを持った人なのかが知りたいところです。

2005年6月14日 (火)

俺はニートだ!

 プロフィールにも記しましたが、私はニートである。ただ政府の定義(15歳から34歳のうち、就職の意思がない人と意思があっても求職活動をしていない人を合わせた者で現在、日本には52万人いるとされている)によると、ニートの基準からは外れることになります。年齢のせいだからです。私の年齢については5月14日の記事を見てください。
 政府がなぜこのような定義を決めたのかというと、現34歳以下のことを団塊ジュニアと称して、人口の一大構成層をなしているからではないでしょうか。またうがった見方をすれば、求人で企業が求めているのは35歳以下なので、それより上の年齢の者はほかの定義ではニートに当てはまっても、もはや役立たずとして切り捨てているのかもしれない。つまり一種の高齢者だ。
 Not in Education, Employment, and Training(NEET、ニートの原語)から抜け出ようと、近所にある大学院に通学する話も親としました。つい最近までは職安やしごとセンターに通って職探しもしました。"Training"を受けるために、自分で探して大学のオープンスクールに通ったり、専門学校に通うか、あるいは通信教育を受けるかも検討中です。
 話は変わって本物のニートの話。企業側は昨今の好景気、または2007年問題と呼ばれる団塊世代が大量に退職する可能性を想定して、新卒の採用を増やす(可能性が高い)と新聞などにアナウンスしています。しかしそこには落とし穴があって、企業側が求める能力を持った(実際には協調性が豊かな、という意味であろう)人材が得られないのであれば必要な人数がそろわなくても採用を打ち切る、とも一部のメディアには報じられています。
 そこで問題。果たして企業は採用を増やして、新しく発生するニートの源を減らすでしょうか。私は絶対にそういうことにはならないと断言します。現時点でさえ、リストラで人数が減った部署に人が減る前と同じだけの仕事を割り振っておいて、サービス残業・深夜残業でこれをカバーしてきた企業側にそのようなことをいわれて信じるバカがどこにいますか。団塊世代が大量に退職する、といわれる問題にしても、企業は今まで長い間働いてきた人材を、海のものとも山のものともつかぬ新人に切り替えるでしょうか。もちろん今まではそうしてきたわけだから、2007年問題が起きるといわれているのですが、不吉な予言を一つ。企業の社長などに人気の高い作家である堺屋太一氏が、「団塊の世代は不可能を可能にしてきた」といい、さまざまな例を挙げていますが、将来の予言として、この2007年問題をも彼らはクリアしてしまうと、つまり定年延長や再雇用、そのほかの方法で退職から逃れると予言しているのです。
 我々ニートの側では全力を挙げてこれを阻止しなければならないのですが、数々の予言をあて、名言を生み、財界に大きな影響力のある堺屋氏の台詞なだけに、そんな世の中を生み出してしまうのを見越しているのでしょうか。しかし現役のニート、あるいは私のようなニートOBにとっては、少しでも日本の会社の中に自分の居場所をつくる必要があります。その居場所とは、主に現在は団塊世代が会社の中で占拠しているのです。
 そもそも日本の会社はコスト削減のために最低限、あるいは仕事上必要な人数から見て少ないと思われる人数で仕事を回しています。これが欧米では、有給休暇などで人数が足らなくなることを想定してあらかじめ、仕事を回すのに必要な人数より多くの人員を配置しておくのが一般的とされています。さらにオランダでは、一部必要な人数の二倍の人員を配置しておいて、午前と午後で人を使い分けるといった、いわゆる「ワークシェアリング」が行われており、日本でもこれを取り入れてはどうか、といった主張が2~3年前にはありました。最もその主張をしていたのが左翼系の学者が主体であったために、政策には何ら影響を与えずにメディアから消えていきました。
 しかしわざわざワークシェアリングまで行わなくても、現在行われているすべての残業(サービス残業はもちろんのこと法定内で容認されているすべての)を解消する、と仮定すれば、今存在する52万のニートはともかく、それよりはるかに数の多い、仕方なくフリーターで糊口(ここう)をしのいでいる者も、即座に正社員として吸収される計算になる、との意見もあります。問題はサービス残業を取り締まるべき日本の労働基準監督官がほとんど機能していないことです。日本の法律は経済犯罪に甘いとは、自らも起業家である、軍事ジャーナリストの清谷信一氏の台詞ですが、経済犯罪を監視する部署がまともに機能していないのでは、むべなるかな、といわざるを得ないのですが、自らもそのことに苦しめられた過去があるので、納得している場合ではありません。
 社会の側も手をこまねいているわけではありません。フリーターという低賃金労働力、ニートという非労働力の存在を甘受しては、さまざまな社会制度が維持できないからです。フリーターやニートの問題が協調性の問題というのなら、我々のコミュニケーション能力を高めるセミナーなどが職安などで開催されています。最も私も含めてフリーターやニート個人に対してその情報がなかなか届かないという問題があります。政府も有識者を集めて対策会議を開いています。しかしこれも隔靴掻痒の感は否めません。
 さて、ニートとしては何をすべきなのでしょうか。現在求職をあきらめているとはいえ、全員が求めているわけではないとはいえ、ほとんどのニートは職に就くことを求めているはずです。ただ、会社が求めている技能と経験を我々は持ち合わせていないが故に、求職活動をあきらめているのに過ぎません。我々ニートが会社で働く協調性や営業能力を持ち合わせていないというのであれば、一人で働ける仕事を探して、その仕事に就く努力をするのがいいのでしょうか。それとも自分探しのために大学に(再)入学して2年ないし4年間を過ごしてみるのがいいのでしょうか(ちなみに大学院でもいいのですが、大学院の入試で自分探しのそぶりをちらりとでも見せると、大学関係者は露骨にいやがるので注意してください)。それとも極論になりますが、ニート52万人を核に、150万を超す若年失業者、数百万のフリーターを併せて政治団体、あるいは圧力団体をつくるのがいいのでしょうか。
 簡単に結論が出る問題ではありませんが、ブログ「労働、社会問題」では、新卒者をニートやフリーターにせずに職を与えるにはどれだけの労働需要が必要かを算出してあります。これによると、現在の求人量では、到底若年失業者の発生を食い止められないどころか、少子化といわれる現在15歳以下の世代でさえも、18歳、20歳、ないし22歳の選択では失業者とならざるを得ない層が現れるということです。
 となるとマクロの対策では需要の喚起、ということになるのですが、ミクロの対策では各個人が弱肉強食の世の中で自らの選択を間違えずに職に就く、就職したら石にしがみついてでもその会社を辞めない、というごく普通の結論に落ち着くことになります。

2005年6月12日 (日)

ジョージ・ウェア引退

 日刊スポーツ6月12日13時18分入電のニュースによると、1995年に欧州最優秀選手(バロンドール)を受賞したジョージ・ウェア選手が11日、マルセイユで引退試合を開催。その試合でウェア選手は何とハットトリックを達成したそうです。詳しくは日刊スポーツを参照してください。
 ウェア選手はACミラン所属の1995年にバロンドールを受賞。同年にアフリカ最優秀選手にも選出された実績を誇ります。その後2000年まで同クラブに所属していましたが、寄る年波には勝てず、ここ4年ほどはUAEでプレーしていたそうです。
 ウェア選手について思い出深いのは95年のバロンドール受賞の件(この時私は清水湊の廻船問屋で"The Japan Times"を読みながら、ウェア選手の活躍について目にしていたものです)はあります。それより、2002年日韓共催ワールドカップの予選にリベリア代表選手として出場しましたが、実はそのリベリア代表チームというのは、ウェア自身が選手兼監督兼オーナーとして、自らのポケットマネーで作り上げたものなのです。
 リベリアと同組にはアフリカ第一の大国・ナイジェリアが所属しており、断トツでナイジェリアが抜け出すものと思われました。しかしリベリア代表というよりウェアのチームというのにふさわしいリベリアは最後までナイジェリアと首位争いを繰り広げました。結果は地力の差でナイジェリアに出場権を譲りましたが、リベリア代表の活躍はアフリカの熱帯雨林に一筋の涼風を吹かせてくれました。
 ウェア選手がもう10歳、いやもう5歳年長であれば、運命の流れるまま、エンボマ(カメルーン:ガンバ大阪・東京ヴェルディ1969・ヴィッセル神戸に所属)のようにJリーグに来て活躍したかもしれません。しかし、年を経て衰えを見せた時、もはやJでプレイするには老化していたことが残念です。
 引退後は大統領職に野心を燃やしているといわれますが、サッカーのリベリア代表チームで名コンポーザーぶりを発揮したウェアが、リベリア共和国のコンポーザーとなれるかどうか、興味深いところです。

2005年6月10日 (金)

ネタが……

 この人のブログこっちの人のブログのように本当にネタ切れを起こしたわけではありません。今も書きかけ原稿が2本ありますが、書きかけのままで放置されているだけです。5月のころは書きかけなんてありませんでしたが、今はすぐに原稿を書きかけにしてしまいます。5月の頃も中二日というのが多かったですが、原稿自体は、こう何というか、勢いだけで書き上げていました。
 このブログはノンジャンルで、その時思いついたことを書き散らすのがモットーです。
ですから、新聞を読む、TVを見る、ネットの情報に触れる、それらのことでブログネタはすぐに見つかるはずです。実際五月はマイペースとはいえ、それでやってきたわけですから。
 でも今月に入ると、勢いだけでは原稿が書けなくなってしまいました。文章の論理的なつながりが気になってしょうがなくなったのです。序論→本論→結論にしても、起承転結にしても、序破急にしても、そのテンプレートに従った文章が書けないのです。
 それを打破しようと、実は私はエディターソフトで原稿を書いていて、三つ四つ原稿を立ち上げておいてから、下書きと清書に分ける方法も試しているのですが、もともと下書きを書く習慣がないので、それのつもりで書いた文章が即清書になってしまうのです。
 ブログには編集者がいません。それによってブロガーは自由に文章を書けるのですが、一方でほんの一握りの文才がある書き手以外は文の質が下がることは否めません。それならば、自分でカルチャースクールの文章講座でも受けて、自らエディターシップを発揮できるように訓練する必要があるのではないでしょうか。なんといってもブログの文章も世間に公表する文章なのですから、できればそれくらいの配慮は必要ではないでしょうか。
 それから文章をPCでたたく速度もたぶん人より遅いと思います。たぶん原稿用紙一枚分を書くのに三十分から一時間くらいはかかると思います。今は原稿用紙で五・六枚書く程度なので、何とか耐えられる時間です。しかし、将来論文を書くとなると、この遅筆がウィークポイントになることは間違いないでしょう。
 それともこのブログは4月ではなく5月に書き始めたから、5月病ならぬ6月病にでもかかったのでしょうか。いや、しかし私の無気力は今に始まったことではなく、川中島に住んでいた頃からその気配はありました。無気力といえば、ドラッグストアに行ってサプリメントを買ってきたいのですが、夜の10時過ぎになると「まぁ明日でいいか」の繰り返しになり、結局今日に至るまで買い物に行っていません。それに免許の更新も来週の火曜日までにやらなければいけないのですが、まるでそんなことはないかのごとく振る舞っています。最も今年はNHKの語学講座を一応きちんと聞いて、MDに録音していますし、ブログ用の記事もこうやって書いているから、完全に無気力ということはないかもしれませんが。まぁラジオやパソコンは外に出なくても聞けるし使えるからニートにはちょうどいい、という見方もありますが。
 ブログを書けないほど気力が萎えていたら、ほとんど植物人間みたいに何もしない人になってしまうことになります。今はNHKの英語講座をどのように聞こうか思案しているところだから頭が動いていますが、意外とラジオ英語講座を聴くことが毎日のルーチンワークになったら、また無気力病が首をもたげてくるかもしれません。

2005年6月 9日 (木)

外国語をリスニングするのに必要な能力

 4日の記事で、『NHKラジオの英語講座をフル活用した簡単上達法』に書いてある方法で勉強しようかな、と考えたわけですが、本を読んで「楽勝!」と思うのと(いや、そこまでは思いませんでしたが)、実際に勉強してみるのとでは雲泥の差がありますね。
 何が原因かというと、私の頭のリテンション能力が思った以上に低いことです。リテンションとは、音なり声なりを聞いて、それを頭の中にとどめておくことを言います。大体私のリテンション能力は5~6単語くらいです。これだと『英会話入門』ならば何とかついていけるけど、『英会話中級』『英会話上級』『英会話レッツスピーク』は歯が立たないということになります。
 実際、それらの講座を聴いて、スキット(ダイアローグ)を1センテンスごとにリテンションをしようとしても、スキット(ダイアローグ)がまるで頭に残っていません。しかし、テキストを無駄にしたくはないので、7~8年前に『英会話』で勉強したときのように、テキストを見て50回音読する、という方法を採用しようかと検討中です。ただ今は、MDで録音・再生できるので、それをフルに活用して、音読の際に必ずスキット(ダイアローグ)を再生して、なるべく声をMDから聞こえてくる音に合わせるように努力する、という方法を採用して、まずはスピーキング能力を育成するのがいいかと悟りました。けれども、リテンション能力を養成しなければ、例えばTOEICを受けるときにリスニングが全くできない、ということになるので、何かリテンション能力を育てる方法を別途考える必要があります。
 蛇足ですが、今年のNHKラジオの英語講座は、去年まであった『基礎英語3』がなくなった関係で、『英会話入門』が中3~高1程度、『英会話中級』が高校生程度、『英会話上級』が社会人向けと、どうも色分けされているような感じがします。根拠はといえば、テキストの広告が主ですが、『英会話中級』は登場人物がハイスクールの生徒とその両親で、『英会話上級』は登場人物が社会人で話題も文化的なテーマを扱っているというところからそのように想像しました。『英会話入門』はレベルは中学上級からと考えられますが、番組内容としては「英会話の入門」という位置づけがされていて、別に大人が聞いてもおかしくない番組内容のような気がします。
 さらに蛇足を続けますと、去年の4月~9月までのラジオ中国語講座入門編では、入門レベルの中国語学習者が例文をリピートできる語数は6~7文字である、という考えに則って、なるべく短い文を読ませることにしていました。これは先のリテンション能力と関係があるのではないか、という気がします。

2005年6月 7日 (火)

外国語を学ぶモチベーションと方法

 私のブログにおいて、過去の記事や私のプロフィールをご覧になった方は、私が外国語をかじる(あえて習うとはいわない)ことに非常に興味があることがおわかりでしょう。ここで「習う」または「学ぶ」といわずに「かじる」としたのは理由があります。かじり始めのころはとても興味を持って外国語を勉強するのですが、じきに壁に当たって迷える子羊になり、壁を越える方法を見いだせないままかじった外国語を、壊れたオモチャのようにポイと捨ててしまいます。一体なぜでしょうか。

 外国語をかじり始める動機が不純だからでしょうか。確かにアジア言語をかじり始めるときは、その言語のネイティブである恋人を見つけたい、という願望が見え隠れしているのは否めません。でも、そういう人たちが集まっているところがどこだかわからないので(もちろん、その言語が話されている国に行けば話は別ですが)、結局その遠大な野望はすぐについえるわけです。
 ではヨーロッパ言語の場合はどうでしょうか。言語によってかなり違う、というところでしょうか。いわゆるメジャーどころの言語は、その言語で書かれたテキストが読みたい、という願望が大半を占めるわけですが、どの言語も英語ほどには文法がスリムにはなっておらず、覚えることが多いし、単語だって文献を読むには各言語につき数千の語彙(ごい)を覚える必要があります。結局我慢強さが足らずに、かじった言語を放り投げてしまうわけです。
 ロシア語などの中東欧言語の場合だと、動機がアジア言語に近くなります。でも、そこで話されている言語は、大抵がスラブ諸語で、文法はドイツ語に近いところもあるのですが、かじるだけのつもりだと、ドイツ語とは比較にならないくらいやっかいな言語たちなのです。スラブ諸語を勉強するには、本当は人それぞれなのでしょうが、やはりロシア語から入るのが一般的な道です。そしてロシア語をある程度身につけたら、自分の興味がある言語に進むという道が多いようです。スラブ諸語を学ぶ動機がアジア言語に近いというのは、ロシア人には美女が多いという話ですし(この話、どこかでノイズが混じって私の脳裏に刻み込まれたのかも)、中東欧諸国は一般的に親日的と言われていて、その国の言語を少しでも身につけてから旅行でも何でも行けば、好待遇を受けられるのではと、やはり動機が不純ですね。

 あるところの話では、仕事で必要(になるかもしれない)だという動機よりも、私のように不純な動機の方が勉強が長続きするという人もいますが、私の場合はどうも不純の度が過ぎているせいか、「学ぶ」「習う」というより「かじる」で終わってしまうのではないでしょうか。
 それと繰り返しになりますが、単語を覚える、文法を学ぶ、この言語学習の二本柱がつらく感じるようでは言語は身に付きませんよね。

 あとは、私の言語をかじるスタイルが紙の上からやろうとするのに偏重しているせいか、すぐに飽きてしまうのかもしれません。さりとて音からはいる言語学習法、というのは、いろいろなところで広告が出ていますけれども、どうも「子供だってそうなのだから、大人も同じ方法で身につければ楽」という、言語学的には決して承認されない考え方なので、そっちに急にかじを切る気にもなれない……。
 ぐだぐだ書いている暇があれば単語の一つでも覚えればいいんじゃないの、という声が聞こえてきそうなので、この辺で英語の学習にでも戻ろうかな。

2005年6月 4日 (土)

NHKラジオ英語講座を利用した勉強法

 さて、2日までにNHKラジオの英語講座各番組のプログラム(基礎英語を除く)が解析できたわけですが、そうすると今、気にしているのは、そのプログラムを使ってどのように自分の勉強メニューを組み立てるかが問題です。
 その手助けとなるモノを今日、本屋で見つけてきました。『NHKの英語講座をフル活用した簡単上達法(川本佐奈恵著・ベレ出版)』という本です。以前からこの本だったか、この本に類する本だったかの存在は知っていましたが、ここ数年はNHKラジオの英語講座に全く関心がなかったので、そのような本を気にかけませんでした。やはり必要とおもうと気にとめるかどうかが違うものです。
 この本に書かれている勉強方法を披露すると、結局本を買ってもらえなくなって著者に恨まれるので、簡単な紹介にとどめておきます。その主な内容は、メインにする講座は一つに絞り、NHKで出しているテキストは必ず買って、一般に効果があるとされている勉強方法をできるだけ多く適用して、一つの講座とテキストをとことん使い尽くすことが重要だということです。
 私が伸ばしたい英語の能力は、本来は主に読解力と作文力、すなわち書き言葉系統なので、ちょっとこの本の書いてあることに異議を唱えたいかな、と思うこともあります。それに文法軽視で、というか講座のスキットを完全に消化すれば文法力も自然に身に付く、という母語の文法教育を援用した考え方には異議を唱えたいです。やはり私たちはすでに外国語を自然に身につけられる年齢を超えているわけで、その意味では文法から入る、という方法は有効であると考えるのと、書き言葉や、話し言葉でもフォーマルな場面で使う言葉の正式な文法はきちんと勉強して覚えるものだと私は考えているからです。
 しかし、NHKラジオの英語講座各番組(基礎英語を除く)が目的にしているのは、あくまでも会話力の養成で、会話の英語は必ずしも文法通りにいかないものですし、私もNHKラジオの英語講座を利用するのはあくまでもリスニング力を付けるという目的なことを明確に心しておけば、十分利用価値はあると思います。
 まだこの本を買ったばかりで書評できるように一読はしましたが、内容が完全に頭の中に入っているとはいえないので、あしたにでも赤線青線を引いて本の中身を十分に把握してから自分の勉強メニューを組んでみたいと思います。

2005年6月 2日 (木)

NHKラジオ『英会話中級』と『英会話上級』についてわかったこと

 5月31日の記事で『英会話中級』と『英会話上級』の番組構成がわからないと愚痴をこぼしました。しかし愚痴をこぼすだけでは進歩がないので、両番組をMDに録音して、何度も再生して確認することにしました。それでわかったことですが、これらのプログラムは大体以下のようになっています。

『英会話中級』
スキット再生→Words & Phrases→スキット説明→スキット再生→FUNCTION & Try It!→STRUCTURE→PRONUNCIATION→スキット再生

『英会話上級』
ダイアローグ再生→Vocabulary→ダイアローグ説明→ダイアローグリピート→Key Expressions→ダイアローグ再生→Back in the U.S.A.

ついでに同じようにして確認した『英会話レッツスピーク(月曜日~水曜日)』
前日のLet's Listen and Writeの復習→スキット再生2回→Vocabulary→スキット説明→スキットをセンテンスごとにリピート練習→ロールプレイ→Let's Listen and Write→Let's Read Out Loud→Let's Listen and Answer→スキット再生

と、このように番組の中身は分かりました。今度は、これを使ってどう勉強するか、または『英会話入門』『英会話中級』『英会話上級』『英会話レッツスピーク』の四番組をどのように取捨選択するかがポイントになってくるのでしょうね。

 あくまで私の印象ですが、『英会話中級』と『英会話上級』はほかに比べて密度が薄いような気がします。『英会話レッツスピーク』は月曜日から土曜日まで毎日番組内容が更新される上に、(あくまでも月曜日から水曜日まで聴いた印象ですが)たった15分間に放送される内容も非常に高密度な印象を受けました。

 そうだとすれば、『英会話入門』と『英会話レッツスピーク』の2番組をしっかり聴いて、番組のプログラム通り勉強すれば、たぶん最高に効率がいいでしょう。しかし、うっかり者の私にとっては、『英会話レッツスピーク』を毎日聞き続けるというのは、聞き忘れないように高度に緊張する必要があってつらいところです。最もスペイン語と中国語も月曜日から木曜日までだけとはいえ、大体毎日聴いているのですから、聞き忘れを特に恐れる必要はないのかもしれません。でも、いくら私がニートとはいえ、NHKの語学番組だけのために生活のすべてをささげるわけにもいかず、難しいところです。

 今考えているのは、NHKの語学番組テキストの広告欄によく出ている"Talk Master II"を買えば、聴き忘れというか録音し忘れがなくなって便利だろうと思っているところです。幸い、この座敷牢のある町には三省堂書店があることだし、三万円が捻出(ねんしゅつ)できればすぐに買えるのでそれがベストです。現在は今月の財布からその三万円をひねり出せるかどうか検討中のところです。

 最も、代案として『英会話中級』『英会話上級』を聴くことにしたときに、どのようにこの番組を調理すればいいのかも考えておいた方がいいのかなぁ、と思っています。誰かいいアイデアのある方は私までコメントあるいはメールを下さい。

2005年6月 1日 (水)

元清水エスパルスのGK羽田敬介選手、地元愛媛で中学生相手に講演

 エスパルスサポーター様方みなさまのブログに突然トラックバックを付けて申し訳ありません。平松選手今季絶望のニュースで悲嘆に暮れているところ、誠に無礼で失礼かと思いますが、四国から便りが届きました。RSSリーダーをふと眺めていたら、こんな記事が入っていました。

 我が清水エスパルスに平成8年からおととしまで所属していたGKの羽田敬介選手の風の便りが届きましたので披露いたします。JFL中堅からJ2までの道は長いと思います。四国にはすでに徳島ヴォルティスがJ2に加入しているので、サポーター開拓の面でも困難がつきまとうと思いますが、羽田君はけなげに愛媛FCでプレーしているようですので、どうか忘れずに応援してあげてください。

 沖縄では同じ元エスパルスの選手が出来心的犯罪を起こして、悪い方で話題になってしまったので、どうか羽田君にはこういうけなげな子供たちにも見られているという意識を常に持って、元Jリーガーの誇りを捨てずにJリーグ復帰を目指して(月並みな言葉で嫌いなのですが)がんばって欲しいものです。

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